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171(05/01/17)
震災から10年。

 さて。テレビなどで盛んに特集されているように、17日で阪神淡路大震災から10年がたつ。

 あの日、東京・中野の狭い木造アパートに住んでいた僕は、朝6時前後に不意に目が覚めた。当時は広告制作会社のコピーライターとして朝から晩まで、そして休日も返上で働いていた。布団に入るや熟睡し、8時半にセットした目覚ましのベルで無理矢理起きる日々を過ごしていたから、そんな時間に目が覚めることはまずなかった。虫の知らせなのか、東京にも軽微な揺れが伝わったからなのか…。

 いつもなら、そのまま寝入ってしまうが、何となく胸騒ぎがしてテレビをつけると、地震の速報が伝えられていた。布団のなかでまどろみながら、最初に映像で見た地震被害は、大阪市内のリクルート社(だったと思う)が入っているビルの屋上の鉄塔が倒れている映像だった。けっこう大きな地震らしいとは思ったが、たまたま鉄塔が一基だけ倒れました……そんなレベルだとタカをくくっていた。

 尋常な被害ではないとようやく気づいたのは、被災地に飛んだヘリコプターが捉えたものだったろうか、阪神高速道路が倒壊している映像を見て、事態の重さに初めて気づいた。昨日放映された特集番組「あの日 官邸応答せず」によれば、この映像が中継され始めたのは朝8時20分だったという。確かに、そのくらいの時間帯だった。それまでは、「何か大きな地震があったようだが、被害の状況がよくわからないし、関西の地震は大したことないだろう」という感じだったのだ。

 僕の実家から5キロも離れていない高速道路倒壊の信じられない映像を見て、ようやく、あわてて実家に電話したが、つながらない。いろんな悪夢を想像しながら、とりあえず早稲田大学の近くにあった会社に出勤したが、仕事など手に付くはずもなかった。同僚も関西出身者がほとんどだったから、みな仕事もせずにテレビばかり見ていた。家族の無事がわかったのは、その日の夜だったろうか。

 被災地にはすぐに飛んでいきたかった。だが当時は、2カ月後に会社を辞めてフリーになることが決まっていた時期。最後の仕事はスケジュールが押していて、引継事項も山ほどたまっていた。今から思えば、全部放ったらかしにしても良かったと思うが、責任ある立場だったので、思うに任せられなかった。

 初めて現地に赴いたのは、震災から2〜3週間たった頃だったろうか、出張のついでに被災地を少し歩く時間があった。凹凸がうねるような道路に身体のバランスを失いながら、倒壊した建物をキョロキョロ見回す僕は、たぶん物見遊山の“ソトモノ”に見えたことだろう。

 現地には、家族や友人たち、かつて大阪で仕事していた時代の仲間がたくさんいる。友人知人に死亡者がいなかったのは幸いだが、マンションにもう住めなくなった人や、倒壊した家の下敷きになり瓦礫の中からはい出して一命をとりとめた友人の親もいる。そんな人々の話を聞くたび、震災直後に現地入りし、恐怖や苦しみを共有できなかった自分自身を後悔するばかりだった。

 「東京に転勤するんだって? 東京は地震が多いから気をつけてね」。少なからずの人から決まり文句のようにかけられた言葉を背に上京してから、3年目に入っていた。まだ、震度5以上の地震を一度も経験していない。

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172(05/01/19)
次の大関・横綱は白鵬でキマリ

 さて。世の中的には、横綱昇格どころか休場で来場所はカド番となる魁皇、大関昇格どころか勝ち越しも危うい若の里、負けが先行する高見盛や将来を嘱望される稀勢の里のふがいなさに、大相撲への関心はすっかり冷え込んでいるようだ。でも僕的には、朝青龍と白鵬、2人のモンゴル力士の巧みな取り口に魅せられている。

 なかでも、一年前の初場所ではまだ十両にいた白鵬の上り調子ぶりには驚くばかり。首が上がらず、腰がどっしりし、冷静沈着で咄嗟に多彩な技が出る、そのパフォーマンスの高さは、朝青龍と双璧だ。番付はまだ小結だが、相撲そのものは既に横綱クラス。来場所は関脇になるのだろうが、次は大関、早ければその次の夏場所で横綱と、トントン拍子に昇進しても不思議はない。遅くとも年内には、2人のモンゴル力士が横綱となり、「青白時代」到来になるのだろう。協会は「龍鵬時代」と言いたいだろうが。

 もちろん僕も日本人である以上、日本人力士に頑張ってもらいたいと願うナショナリズムは十分持ち合わせているが、そこは実力の世界。日本人力士が弱いのに、モンゴル人力士バッシングで溜飲を下げるようなことがありませんように。

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173(05/01/24)
前田日明さん復帰でアクセスが瞬間最大風速

 さて。土日と、関西へ出かけていて久々に仕事場に戻ってきた。不在だった間の当HPへのアクセス状況を今日になって確認していたら、桁違いにアクセスが多かったのでビックリ。よくよく調べてみたら、どうやら元プロレスラー(格闘家)の前田日明さんがプロレス界に復帰というニュースが土曜日の夜に流れ、それで多くの人がアクセスしてきたようだ。

 前田日明さんについては個人的な応援コラムを「前田日明という生き方」で書き、このコラムに突出したアクセスがある不思議さを「ネット世界の情報需給バランス」で書いたことがある。前者のコラムには土曜日だけで7670件のアクセス、日曜日には4802件のアクセス。リンク元のURLを確認したところ、Yahoo!のデイリーニュースで参考ページとしてリンクされたらしく、土曜日の20時台から21時台には津波のような集中アクセスがあった。たぶん、その時間帯は繋がりにくかっただろう。いちいち記録は取っていないが、単一のページへの瞬間風速としては、最大と見て間違いない。

 ともあれ、前田日明さんのプロレス界復帰(選手としてではなく、アドバイザーだが)は喜ばしいニュース。明るく楽しいプロレスを否定はしないが、「殺気の漂うプロレス」が少なくなったのは寂しい限り。緊張感が会場を覆い尽くすような、ワクワクするプロレスが見たい。リアルファイトか、ショーか、などといった議論は実に下らない子供の議論。それを超えた闘いが、プロレスにはできるはず。

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174(05/01/26)
IP迷惑電話(SPAM電話)の始まりか?

 さて。IP電話にしてから1年半。昨日、奇妙な電話があった。それは、受話器を取ると自動的にテープの声が流れ始めるものだ。不気味だからすぐに切ったので、内容はよくわからないが、声優っぽい女性の声で、「皆さんにお得なお知らせがあります……」みたいな声が流れてきた。これが、どの程度いかがわしい仕組みの電話なのか、にわかには判断できないが、新種のビジネスが始まった予感も少々。

 電話のベル音から、先方もIP電話を使っていることがわかる。つまり、通話料はタダである。自動的に音声を流す仕組みは、簡単に作れそう。050から始まるIP電話特有の電話番号に、片っ端にかける仕組みも、簡単に作れそう。お金がほとんどかからない、新種のセールスなのか。あるいは何らかの課金を誘導するようなモノなのか。現状では、何とも判断できない。

 これが広まれば、いずれは社会問題となるかもしれない。僕の場合は昨日が最初だった、という世相記録だけ、記しておきたい。

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175(05/01/31)
節分に「丸かぶりずし」は、「バレンタインチョコ」の二番煎じ

 さて。節分の新(?)習慣として、巻き寿司を一気に頬張る「丸かぶりずし」が、大阪発で全国に広まろうとしている、とか。念のために言っておくと、大阪でこのような習慣が定着しているとは、到底思えない。少なくとも10数年前まで大阪で働いていた立場で言うと、当時にもそんな話はあったが「誰がそんなこと、してんねん」と疑問符付きの習慣だったのは確か。

 結局、昭和30年代に一部の製菓メーカーが始めた「バレンタインデーにはチョコレートを」という、日本だけで広まった新(珍)習慣の二番煎じと見て間違いなかろう。あの手この手で、消費を刺激したい一部の人の仕掛け、ですな。コンビニのカウンターにも、これを奨励するPOPが置いてあった。

 まあ、これで消費が盛り上がるなら、文句は言わない。ただ、正月の餅のように、慣れない「丸かぶりずし」で窒息死する高齢者が出てきませんように、と祈っておこう。

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