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031(02/07/27)
名作「私立探偵 濱マイク」を見よう

 さて。映画版では密かな人気を集めていた「濱マイク」シリーズがテレビに登場、テレビドラマ「私立探偵 濱マイク」(月曜日夜10時、日本テレビ系)として7月1日から回を重ねている。ずっとプッシュし続けてきたエゴ・ラッピンがテーマソングを手がけていることも含め、とても楽しみな作品だったが、時間が取れずにビデオに撮りっぱなしだった。

 4回分がたまったところで、一気に見た。面白い。文句なしに面白かった。一本一本が映画のようなていねいな作りで、脚本や演出が実に心憎い。スタッフたちの「いい作品を作るんだぜ!」という気迫や遊び心も伝わってきて、感性がビンビン刺激される。

 配役も実に素晴らしい。テレビ初主演の永瀬正敏をはじめ、実力派の俳優陣がずらりと脇を固めていて、一人ひとりがキッチリ自分の芸を見せている。歌手・タレントとしては今ひとつ魅力を感じない中島美嘉や酒井若菜もいい味が引き出されているし、久々の松田美由紀、清涼飲料水のCMで顔なじみのある市川実和子も魅力的。大人計画の阿部サダヲ、井川遥、映画監督の山本政志などなど、いずれもハマリ役だ。

 おまけに、毎回出てくるゲストが贅沢。1回目は樋口可南子、2回目はUA、3回目は武田真治……29日放映の5回目では窪塚洋介が出てくるようだ。2回目に登場した元・憂歌団のボーカリスト、木村充揮も面白かった。いずれも、普通ならテレビドラマなんかに出てくれそうにない面々だが、作品が魅力的だから役者も喜んで出演しているのだろう。

 最近のテレビドラマは、時代劇ですらビデオで撮影していてフィルムのような深みがなく、おまけに役者の後ろ姿肩なめ顔アップばかりのカット、どれもこれも隠し芸大会のような陳腐さだった。見ている側をちっとも別世界へ連れて行ってくれない。視聴率の取れる俳優、提供元スポンサーのCMキャラクターになっている俳優を寄せ集めたようなドラマばかりで、本当にうんざりしていた。テレビドラマでも、これだけの完成度が追求できることを証明してくれた作品は、勝新太郎監督の「新・座頭市」(〜1979年)や「警視K」(1980年)以来ではないか。

 「私立探偵 濱マイク」は全12回。個性的な映像を創る監督たち12人が演出を手がけるという。制作費はペイするのだろうか、視聴率は大丈夫だろうかと気になるところだが、早々にDVDとして売り出されるようだから、ソフトとして販売する分も含めた贅沢な作りをしているのだろう。毎週月曜日の夜は、部屋の電気を真っ暗にして、どっぷり堪能したい。

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032(02/07/27)
ちょっと、いや、かなりヘンな話

 さて。その昔、ぼやき漫才というものがあった。上方漫才の人生幸朗・生恵幸子コンビである。いかにも「頑固オヤジ」といった風体の人生幸朗さんが、最近の風潮や社会問題を軽妙なタッチで「ええかげんにせえよ」と、ぼやきまくる。庶民の不満を、笑いに包んで憂さ払ししてくれるのが楽しかった。「責任者出てこい!」と一喝し、相方の生恵幸子さんが「ホンマに出てきたらどないすんの!」と突っ込み入れるのがお決まりのパターン。困ったときに人生幸朗さんが口に出す、「ごめんちゃい」の一言ギャグも可愛かった。

 人生幸朗さんのような「憎めないぼやき」は到底できないが、近頃、ぼやきたいことが僕にもいろいろある。まずは、最近のサービス業における過剰なまでの冷房だ。乗り物が寒い。飲食店が寒い。小売店が寒い。とにかく、行くところ行くところが寒い。メルマガ編集用に1980年の新聞を見ていると、あちこちに「冷房温度は28度まで」というフレーズが出てくる。あのかけ声は、一体どこへ消えたのか。

 最近、エコロジー関係の取材が多くなってきて、仕事を通じて少しずつ勉強させていただいている。いろんな企業が環境問題に取り組んで頑張っている。工場から出るゴミを極力なくす、使えるものは極力使い回す、そのまま使えないならリサイクルして再生材にする……。そんな取り組みをPRして企業イメージを上げてもいる。「環境報告書」なる発行物を毎年出していることも、エコロジー関係の取材を始めてから初めて知った。

 だが、「当社が展開しているお店では、冷房を28度までにさせていただいている」といったことを堂々と宣言する企業を、少なくとも僕は見たことがない。些末な環境対策を堂々とPRするより、「弱冷房」を実行する方がよほど環境対策(CO2削減)になるし、環境思想を広める大きな力にもなると思うのだが、冷房をけちるとサービス業としてはうまくないらしい。中で働く女の子たちの間で、冷え性対策に毛糸のパンツが流行っているというのだから、こんなバカバカしい話はない。嫌煙権があるならば、嫌冷権があってもいい。

 東京は連日、うだるような暑さだ。みんなが強力な冷房をするものだから、大気はどんどん暑くなる。ヒートアイランド現象の要因を作っているかなりの部分が、この冷房だという指摘もある。東京では数年前から夏の風物詩でもある夕立がなくなって、信じられないような時間帯に突然スコールが襲ってくる。もはや、ここは熱帯地方になってしまった。そのうちバナナを育てる農家も出てくるかもしれない。

 サービス業の企業は、目先の客には「冷え冷えサービス」を提供する一方で、大衆向けにはうだるような暑さを提供している。これって、ちょっとヘンだ。いや、かなりヘンだ。オーバーなたとえかもしれないけれど、接客時にはニコニコして、裏に回れば客を馬鹿にしているのと、基本的には同じ構図である。

 試されているのは、企業の本心。人生幸朗さんなら、「責任者出てこい!」である。

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033(02/08/03)
元気なメダカたち

 さて。我が家では金魚を飼い続けている。3年ほど前の夜店で収穫してきた金魚たちで、数匹が死んで2匹が生き残った。ちょうどオス・メス1匹ずつのようで、春先には大量の卵をドバッと産卵したりするが、やり方が上手くないのか、稚魚の段階で死なせてしまった。こいつらの食い意地は相当激しく、僕の姿を見ただけで猛烈に「エサ頂戴」アピールを繰り広げる。はしたないほどの欲深さだ。

 1年前にはメダカを6匹買ってきたが、こちらは5匹が元気だ。メダカといえば、涼しげに悠々と泳いでいるような印象があるが、こいつらも相当欲深い。買ってきた当初は、エサの食いつきも悪く、愛想がなかったが、数ヶ月もたつと一変。金魚と同じように、起きてきた僕の姿を発見するだけで尾ひれを猛烈に振りながら、口をぱくぱくしてくる。金魚の欲深さが、伝染してしまったようだ。メダカのくせに、少々小太り気味である。

 メダカは、ペットショップに犬を見に行ったときに買ったものだ。お目当ての犬が20万円近くもすることがわかり、愕然としたときに発見したのが1匹20円のメダカだった。120円の買い物なのに、丁寧に酸素をつめてパッキングしてくれた。なかなかお安い買い物だった。


▲食い意地の張った面々。金魚は身体の半分を水面から出してエサを要求する。

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034(02/08/08)
来年は1960年か、1990年か

 さて。来年のメルマガ「タイムマシン」シリーズをどうするか、迷っている。昨年は1970年を、今年は1980年を旅してきた。メルマガというメディアを上手く使えているように思うし、ここから「1970年少々百科」「1980年少々百科」というコンテンツが生まれるオマケもあった。

 以前にもコラムで書いたことがあるが、社史などを書いてきた経験上、歴史は30年くらいで評価が定まってくるという実感がある。「あんな馬鹿なことあったんだね」とか、「あの時は失敗だったけれど、それが今に繋がっていたんだな」と、余裕を持って振り返るには、そのくらいの歳月が必要なのだ。これを仮に「歴史の発酵時間」と呼ぼう。

 今年、1980年版を作ってきて、22年という歳月は、発酵時間としてはギリギリで、発酵状態が少しばかり若い感じがする。このままいけば来年は1990年版の「タイムマシン」シリーズとなるのだが、13年前の話となると良くも悪くも客観的に(ヤジ馬的に)書きにくい。情報が生々しすぎるのだ。

 そんなことを考えながら、いっそ1960年にしようかと、当時の新聞縮刷版を読んでみた。こちらは反対に、発酵しすぎて少々カビ臭い。何だかすっかり遠い過去の話で、別の国の新聞を読んでいるような気さえしてくる。一つひとつの情報に「手触り」が感じられないのだ。当時は僕がまだ3歳だったから、自分で見聞きした話がないことも原因のひとつだろう。

 とはいえ、1960年版と1990年版を完成させれば、戦後を10年紀単位で振り返ることができ、意義もあるように思う。1960年版の発行頻度を下げて月刊にすれば、何とか読むに耐えられるかもしれない。ならば、1990年版も月刊か隔週刊で同時発行するか? ギャラにもならないメルマガ発行に、それだけのエネルギーをさくメリットは何か? などなど考えながら、まだ結論は見えない。

 1960年は「所得倍増計画」発表で高度経済成長の始まりの年。1990年はバブル真っ盛りの年。いずれも、興味深い一年ではあるのだが。

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035(02/08/19)
回数券の使用期限切れにショック

 さて。最寄り駅から新宿まで、頻繁に乗るであろう区間は、もっぱら回数券を購入して使っていた。10回乗車分で11回乗れるのだから、1回分がおトク。210円区間の回数券の場合、1回の乗車料金が20円ほど安くなる計算になる。小市民的な愉しみである。

 先日、新宿で久々に酒を呑み、やおら回数券を取り出して自動改札機に入れたら、ドアがパタンと閉まってしまった。あれれと思って自動改札機の表示を見てみると、「使用期限を過ぎています」とのこと。まさか、と思って券面を見てみたら、前日で切れているではないか。

 しかも、数えてみたら6枚も残っている。合計1260円分の切符が藻屑となった現実を知ったときのショックは、相当なものだ。口惜しい。とにかく口惜しい。「こんなことになると分かっていたら、用がなくても新宿まで3往復するのだった」などと、意味不明なことまで考えてしまう。酔った勢いもあって、回数券の束を床に投げつけてしまった(もちろん、あとで拾い直したけれど)。

 さて。昔は、回数券を1枚ずつ切り売りするオバチャンがいた。回数券11枚を買い、それを正価で1枚ずつ売って薄利を稼ぐという、実につましい商売だ。もちろん、違法行為ではある。

 この商売、確か1970年の朝日新聞で、万博を契機に一掃された、との記述があった。だがその約10年後、僕は京都の市バス停留所で回数券売りのオバチャンから回数券を買ったことがある。当局の目をかいくぐりながら、この商売はしぶとく生き残っていたわけだ。あれから20年以上たつが、今でも残っている地域はあるのだろうか。

 回数券売りの商売については、劇作家の別役実さん著作の『当世 商売往来』(朝日文庫)に詳しい。個人的には、復活を望みたい商売ではある。今回、とくに切実に、そう思った。

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