オンフィールド音楽研究所

2010,05,31

056●4〜5月のヘビーローテーション

洋楽氷河期に突入した今年の春から、CS音楽番組をあれこれ物色していたら、スペースシャワーTVで日曜日の深夜24:15から、インディ系のPVを流す番組が始まったことに気づいた。たいていはBounDEEというディストリビューターが選曲したPV、以前はブルース系のレーベル(今は違うけど)という印象が強いP-VINE選曲のPVも放送されていた。大半はJ-POP、J-ROCKで、インディ系の邦楽も、なかなか面白そうなものがある。

ちょうど1年ほど前、まだ売れる前のThe Bawdiesが心に刺さって、サマソニで観ようと思っていたのに、寝坊して見逃してしまい(売れる直前だから出演時間は朝11時からのトップバッターだった)、その後人気が出てちょっぴり悔しい思いがしたことがある。そんな経験もあったので、ブレイク前の邦楽アーティストも、いち早くチェックしちゃおうという魂胆が少々。

とりあえず、アンニュイなジュディマリ風のふくろうずとか、エモパンクなFour Get Me A Notsが気になっているが、それ以上に気になっているのはBounDEE(バウンディ株式会社)という会社。数多のインディレーベルや自主制作の作品をリスナーに届ける仲介役というか、昔で言えば中間卸のような立場に見えていて、そのビジネスモデルはにわかに釈然としないのだけど、音楽産業界も構造的な様変わりをしている昨今、とりあえず覚えておきたい存在だなあという気がする。

そのうち、洋楽ばかりではなく邦楽アルバムもヘビロテになる可能性はありつつ、今回も洋楽ばかり。前置きが長くなったけど、今回のリストは以下の9枚。

2010年4〜5月のヘビーローテーション
アーティスト名『アルバム名』
ヨンシー『ゴー』
トゥー・ドア・シネマ・クラブ『ツーリスト・ヒストリー』

デルフィック『アコライト』

ブラッド・レッド・シューズ『ファイアー・ライク・ディス』

コリーヌ・ベイリー・レイ『あの日の海』

アリシア・キーズ『エレメント・オブ・フリーダム』

ミッドレイク『ザ・カレッジ・オブ・アザーズ』

ジャガ・ジャジスト『ONE-ARMED BANDIT』

ジョアンナ・ニューサム『ハヴ・ワン・オン・ミー』

まずヨンシーの『ゴー』は、大好きなシガー・ロスの中心メンバーのソロ作とあって、発売が待ち遠しかったアルバム。かつては実験的な性格が強かったシガー・ロスが、有り体にいえばメジャーな存在へ、陰から陽へ、個人の殻から外界へと踏み出していった、そのことを明確に示したのが2008年発表の『残響』だったわけだが、そんなシガー・ロスの変化にさらに加速度をつけたのが『ゴー』だと思う。

シガー・ロス的な、壮大で孤高で清廉とした世界観は踏襲しつつも、おもちゃ箱を引っ繰り返したような楽しげなサウンド構築がされていて、とにかく全編がポップ。そして歌詞は、意味不明のシガー・ロス語でもなく、アイスランド語でもなく、英語歌詞が大半だ。ヨンシーもつくづく変わったのだなあと思う。聞くところによると、彼氏(ヨンシーはゲイを公表している)がアメリカ人で、このアルバムのデザインも手がけているそうだが、そんなパートナーとのコミュニケーションに心の平安を得ながら、音そのものも、外の世界へと解き放たれていったかのようだ。

生まれ持った性同一性障害に生きづらさや疎外感を感じ、そして風貌上の劣等感もおそらく持っていたであろう鬱屈の青少年時代に培ってきた感性が、パートナーとの幸福な日々のなかで一気に絶頂感へ向かう、そんな一コマが凝縮された作品。冷ややかに音だけを聴けば、 シガー・ロス的な重層感がないとも言えるけど、その背景にヨンシーの人生の深淵を想像できるだけで僕は満足だ。2010年度アルバムベスト10候補作。サマソニ、楽しみにしてるぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=T6HjT4SQKJI

トゥー・ドア・シネマ・クラブの『ツーリスト・ヒストリー』は、多くを期待していなかった分、めっけものの一枚になった。iPodで楽しんだ回数でいえば、今回紹介するなかで一番のヘビーローテーションだったかもしれない。大好きだったエディターズが迷走の末に解散してしまった(らしい)穴を埋めるような、同等のギターの音色を醸し出しつつ、思わず踊り出したくなる楽しさとスピード感に満ちあふれている。「いいんだよ、デビュー盤くらい、若さを前面に突っ走ってくれれば。」などと言いたくなるのは、すっかりオジサンだからか。楽しくて、心地よければ良しと快楽至上主義的に見れば、買って損のない作品だ。
http://www.youtube.com/watch?v=bJDCMth8poM

トゥー・ドア・シネマ・クラブほどの快楽主義的面白さではないけれど、デルフィックの『アコライト』は適度に陰影を帯びたポップなエレクトロサウンドだった。70年代前半のロックを聴いて育った僕たち世代から見ると、エレクトロなサウンドって、ついつい「プログレ?」などと思ってしまう先入観があって、80年代サウンドで育った人間なら「ダンスミュージック?」などと決めつけるのかもしれないけど、もう、デルフィック世代になると、電子楽器なんて当たり前すぎて、全然構えてないんだろうね。

ロックとエレクトロの垣根なんて、ひょいと飛び越えて、いとも簡単に電子楽器を使いこなし、ある意味自然体で今風のロックを作ってしまう。しかも、涼しい顔をして緻密に……。そんなことを感じた作品。事前のプロモーションが手厚かった割に、少し期待値を下回ってしまった部分はあるけれど、むしろ1年後に聴き直したら「凄いじゃん」などと素直に思える予感もする。
http://www.youtube.com/watch?v=2vl2tZV6XV4&a=NzJc0eG3m88&playnext_from=ML

ブラッド・レッド・シューズの『ファイアー・ライク・ディス』は、待ってましたの2作目。ギター担当の女性(ローラ)と、ドラム担当の男性(スティーヴン)の2人組で、ダブルボーカル。たった2人というシンプルさとは裏腹に、サウンドはあくまでもグランジ路線だ。前作は初々しさをたたえた疾走感に身を任せて押し切った感じだが、今回は、より洗練された方向とは真逆の、ガレージロック風の粗野な部分を際立たせつつ、スローなナンバーも加えるなど楽曲のバリエーションを広げてきて、確実に成長してきた様が見て取れる。

ルックス的な美しさと、ステージでの荒々しさというギャップ。「ホワイト・ストライプスなんて、つまらねえ」と豪語するパンクな姿勢と、並んで座れば恋愛初期の恋人同士みたいな佇まいのギャップ……。どこか憎めない2人組が、僕は好きなのだ。サマソニでぜひ目撃したい。
http://www.youtube.com/watch?v=KEgERaXRFgs

がらっと変わって、コリーヌ・ベイリー・レイの2作目『あの日の海』。ジワジワと売れ始めて、気づいたら大スターになっていた前作から早くも4年近く。この間、客演扱いで別のアーティストのアルバムで歌声を聴くことはあったけど、新作を作っているという噂も聞かず、「どうしているのかしらん」と思っていたら、最愛の夫を亡くして失意に暮れていたそう。そんな私生活のできごとを反映したのかどうか分からないが、そこはかとなく切なさが漂う作品になった。

秀逸は下記にリンクしたリードトラック。初めて聴いたのはFM局だったが、もう40年近く前に初めてロバータ・フラックの「愛は面影のなかに」を聴いたときの衝撃にも似た、心への染み渡り加減をもった名曲だ。当時、湯川れい子さんがDJを務めていた「全米トップ40」が関西では放送していなくて、深夜に関東のAMラジオ局に電波を合わせて途切れ途切れに(中国語放送などに紛れつつ)聴いていたのだけど、「どうしてこんな地味な曲が全米1位になるのか」と不思議に思いながら何度も耳にするうちに、シメシメと涙が流れてきたことを思い出す。アルバム全体は、後半にやや中だるみ感を感じてしまうものの、それはまだ聞き込み不足だからかも。フジロックのステージを楽しみにしている。できれば屋内の小振りなステージがいいのだが、そうはいかないんだろうなあ。
http://www.youtube.com/watch?v=1wzr6_9fxqg

アリシア・キーズの『エレメント・オブ・フリーダム』は、前回取り上げたレオナ・ルイスの『エコー』にも似た鉄壁の完成度。音楽産業のボリュームゾーンのど真ん中を行く王道のポップスって、少々毛嫌いするところがあるのだが、出先でiPodをさわりながらアルバムを選択する意欲すら出てこないとき、間違いなく楽しめる一作で、「やっぱり巧いよなあ」「このプチハスキーな声は宝物だよなあ」とつくづく感心してしまう。中毒症状に至るほどではないけれど必須の家庭用常備薬のような作品、と形容すると皮肉めいて聞こえてしまうだろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=_2qgU2A3Ll4

アメリカのバンド、ミッドレイクの3作目『ザ・カレッジ・オブ・アザーズ』は、今の音楽業界の時流とか流行の音づくりなどに背を向けた、ほの暗さをたたえた少年期の微熱のような作品。哀愁感も、サイケな感じも、メロディの際立ち方もすべてが中途半端といえば中途半端なのだけど、何だろう、この宙ぶらりんな感じが居心地いいのだ。何もかもが霧の中にあって、危うくもあった少年時代を思い出させてくれるからなのか。

その「弾けなさ」加減は、70年代のポップスとロックの中間あたりを思わせ、あえて近しい存在を探せばUKのスターセイラーや、昨年話題になったフリート・フォクシーズをふっと思い出したり、「ソフトロック」などという死語を思い出したりもするが、時折ノイジーなギターがグイインと唸って、「おおっ」と思ったらスーッと消えていく。この、寸止めのもどかしさは計算づくと思われ、彼らの魅力でもあるのだろう。少なくとも、日本じゃ売れないね。ロック誌も無視しているしね。でも貴重だと僕は思う。
http://www.youtube.com/watch?v=cTcRWSfEe7U&feature=related

まだまだ知名度が低いインストゥルメンタルバンド、ジャガ・ジャジストの新作『ONE-ARMED BANDIT』、これはかなり頻繁に聴いているアルバム。彼らのことを巧く説明できないので、「CDジャーナル」のプロフィールを引用すると、こんな感じ。「ノルウェー出身のエクスペリメンタル・ジャズ・バンド。ヴィブラフォンやブラス・セクションを含む約10名の大編成バンドで、生楽器を使ったジャズやロックにエレクトロニカ的な電子音を配したポスト・ロック風の音楽性が特徴。」

ううむ、やっぱり説明が難しいな。まあ一言で言えば、フュージョンにスカとエレクトロニカをトッピングしたような感じというか、ソフトマシーンを食べやすく味付けした感じというか……。このアルバムのPVはなさそうなので、MySpaceをリンクしておこう。現時点のプレイリストのうち、『ONE-ARMED BANDIT』に収録されているのは4曲あって、とくに試聴をお薦めしたいのは、タイトル曲の「One-Armed Bandit」と「Toccata(アルバムとは別バージョン)」の2曲。ハマる人は見事にハマる音楽。僕はやみつきです。フジロックで会いましょう!
http://www.myspace.com/jagajazzist

最後は、ハープ弾きの歌姫、ジョアンナ・ニューサムの『ハヴ・ワン・オン・ミー』。何とまあ、大胆なことに3枚組だ。前作『Ys』で、ビョークをスッピンにしたような、愛らしくもエキセントリックで透明感のある歌声を聴かせてくれたジョアンナの、3年半ぶりの新作。何しろ3枚組なので、不思議なおとぎ話ワールドに迷い込んだまま、魔法をかけられたような気分で、前作と比べてどうなった、などとコメントできる状態ではないけれど、装飾物を取り去って素の感じに近づいたような気はする。好き・嫌いが真っ二つに分かれそうなアルバムであるのは、前作と同様だ。

日本盤にボートラはなく、輸入盤(現時点で3枚組ながら2500円程度)がお買い得。パッケージが美しいので、ぜひCD現物で。比較的覚えやすいメロディの楽曲をナマで披露した映像をどうぞ。どう? 好き? 嫌い?
http://www.youtube.com/watch?v=mb5Jp_duKNM

このほかバッド・カンパニーの『リユニオン・ライヴ』は、戻るべき場所に戻ってきたポール・ロジャースのブルージーな歌声に魅せられたが、他のメンバーは久々の大舞台だったのか存在感が薄い。CDだけ聴いていると気づかないけど、2枚組のDVDの方を見ると、ヨレヨレ具合がよく分かります(苦笑)。2枚組輸入盤(英文タイトルはHard Rock Live)2000円以下はお買い得価格なので、往年のファンは嬉しいだろうと思う。

ところで、先月くらいからだろうか、Amazonで輸入盤を探しても(英文スペルで検索しても)国内盤しか表示されないケースが増えてきた。何か意図的な操作が加えられているのだろう。HMVも同様である。輸入盤(中古含む)に頼ってきた僕にとっては、手痛い事態だ。同じように感じている人が他にもいるんじゃないかな。ということで、これからはタワレコに頼ることにした。ご参考までに。

-posted by 所長@22:01


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