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【No.121】 2003年1月28日号
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堪忍袋の緒が切れた障害者たち 障害者の支援費制度が、4月からのスタートを前にして大揺れに揺れています。障害者が利用するホームヘルプサービスについて、厚生労働省が月120〜150時間程度までを上限にしようと考えていることが1月9日に明らかとなり、さまざまな障害者団体が猛反発。16日には厚生労働省の庁舎の前に当事者や支援者など1000人が抗議に集まり、その規模は95年7月、薬害エイズ問題で3000人が厚生省を取り囲んだとき以来、ともいわれています。 支援費制度といっても、1月半ば頃まではほとんど報道がなく、多くの方はご存じないでしょう。わかりやすい解説が少ないこともあって、この僕も全容は把握し切れていないのですが、要は、障害者福祉を措置制度から契約制度に切り替えるもの、といえます。従来は、国や自治体が障害者に必要な福祉用具などのモノや、ホームヘルプなどのサービスの内容を決め、それを与えてあげる(措置する)という構図で成り立っていました。これを利用者本位の考え方に切り替え、障害者自身がモノやサービスを選び、それに対して国や自治体が一定の額を支援費として支給しようというのが基本的な考え方です。 この基本的な思想そのものは共感する部分が少なくないのですが、今回は、重度障害者が地域で暮らすための一番の拠り所となるホームヘルプサービスについて、仮に月120時間であれば、一日当たり4時間分の額までしか支援しない、という上限を設けようとしていることが明らかになったわけです。脳性マヒや四肢マヒなど全身性の障害を持つ重度障害者の場合、多い人では24時間にわたって介助者を入れ、何とか生活を成り立たせているわけで、これが4時間になれば、後は地方自治体の「手厚い上乗せ」か、無償ボランティアの好意に期待するしかなくなる。それができなければ、施設に入れ、ということになってしまいます。 障害者団体はこれまで、厚生労働省から上限は設けないと聞かされていたのに、突然降ってわいたように「上限問題」が出てきたため、雨や雪も降っていた寒空の中で、16日から約10日間にわたって、厚生労働省の庁舎に押し寄せるといった強い行動に至りました。当事者にとってみれば、長きにわたって、少しずつ少しずつ積み上げてきた福祉の積み木を、たったの一突きで崩されるような方針転換に思えたことでしょう。 僕はここ10年近く、そろそろ過激な障害者運動はやめるべきだ、と考えてきました。70年代ならいざ知らず、ある程度の権利が認められ、一般市民の理解や支持が生まれ、お互いが話し合えるような関係になりつつあるなかで、昔ながらの障害者運動手法では、敵意を生み出してしまうだけ。もう少し穏和な語り口が必要だろうと考えてきました。 例えば、こんな話がありました。東京ディズニーランドで、障害者には乗れないアトラクションがあったために、「私たちを乗せろ」と直接行動に出、一般の観客が長蛇の列で待っているなかでアトラクションの営業を止めてしまった、ということがあったそうです。「そうです」と書いているのは、とある一人の障害者からの伝聞でしかないからですが、これなどは東京ディズニーランド側に再考を促す効果はあったとしても、行列で並んでいる観客の反発を買うのは必至。お世辞にも、うまい作戦とは到底思えません。 ですが、さすがに今回の一件については、強い態度に出た障害者団体を僕は支持したい。彼ら・彼女らにとっては、人間らしい当たり前の生活ができるかできないか、まさに死活問題であるからです。障害者団体同士は、実はそんなに仲が良いわけではなく、障害別の団体、旧社会党系の団体と共産党系の団体といった具合に、お互い相容れないところも少なくないわけですが、今回はいろいろ意思統一できないところはあるものの、過去の因習を乗り越えて、とりあえず大同団結しました。これだけを見ても、いかに必死の抗議行動だったかがわかるというものです。 さて、今回の一件では、報道の少なさがとても気になりました。1月半ばまでは毎日新聞だけが取り上げただけで、厚生労働省への抗議行動が始まった16日以降になって、ようやく他の大手新聞も記事を載せ始めました。テレビ報道も、非常に少なかった。2000年4月の介護保険導入前の報道ぶりとは、あまりにかけ離れていました。 その要因の一つとして、僕が邪推しているのは、障害者運動の矛先があまりに国や自治体の役人にばかり向いているということ。さまざまな懸案事項は厚生労働省の部屋の中で、担当者と団体の長が交渉して決めるという従来的な手法にウエートをかけすぎているために、一般の世論が付け入る隙がなかった。一般市民も番記者も「両者で、話し合って決めればいいでないの?」と、他人事にならざるを得ないような構図になっているのではないか、ということです。 そういえば、もう10年近く前になりますが、障害者と性の問題について書こうとしたとき、有名な障害者団体の長から、「そんなことは私たち自身が考える。余計な口出しはしないでほしい」という意味のハガキをもらい、いたく立腹したことがありました。健常者が障害者に関心を持ってはいけないの? 健常者が障害者のことを取材したり、執筆することは、あなたに迷惑なのですか? と。 今回の一件はさすがに、緊急事態ですから厚生労働省への直接行動が適当だったでしょうが、もう少し一般の市民に語りかけ、共感を求め、世論を喚起してマス報道につなげるといった運動にも力を入れるべきでしょう。1月27日、坂口厚生労働大臣は、大同団結した障害者団体の勢いに押される格好で、実質的に上限を撤廃する意向を表明しました。これによって、とりあえず緊張感のある対決は一旦おさまりましたが、気が抜けない状況はこれからも続きます。一般市民を味方につける新しい運動スタイルを、今からでも徐々に採り入れていってほしいものです。
関連リンク●「支援費制度と障害者の暮らし」 |
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