●今月のコラム●(28) 2002年9月1日号

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フリーター増殖で何が悪いの?

 定職をもたず、アルバイトなどで生計を立てている「フリーター」が増えている……そんな記事が、8月16日付の朝日新聞夕刊に掲載されていました。これによれば、文部科学省がまとめた学校基本調査の02年度速報値で、大学卒業者の2割、高校卒業者の1割が就職をせず、学校(専門学校など)にも行っていなかったとのこと。

 日本労働研究機構の主任研究員のコメントによれば、フリーターは3つのタイプに分けられるようで、目標が明確でない「モラトリアム型」が5割、雇用環境悪化などで就職できない「やむを得ず型」が4割、俳優などをめざす「夢追求型」が1割程度だそうです(詳しくはこちらの論文で)。新聞記事では、フリーターの増殖を防ぐべく、さまざまな取り組みが始まっている現状をレポートしていました。

 フリーターの増殖に、眉をしかめる大人はたくさんいます。以前、たまたま見たバラエティ系の討論(というより、なじりあい)番組でも「その気になれば、就職先はいくらでもある。若者には努力が足りない、単なるわがままだ」「フリーターが増えると、日本社会は破綻する。お先真っ暗だ」などの意見が出ていたように思います。あくまでも定職に就く人=正しい人、フリーター=異端者、という構図に見えているようです。

 でも、本当にそうなのでしょうか。僕にはむしろ、今のフリーター人口の割合が「ごく自然な姿」だったりするのではないかなあ、と思えるのですね。終身雇用制が事実上崩壊して、価値観も多様になるなど、この10年で日本人の職業感は大きく変わってきました。とりあえずどこかに就職すれば、それなりに幸せになるという構図がなくなってきたわけですが、そもそも、この楽園のような構図自体が世界的に見れば異例だったわけです。

 フリーターの増殖はしばしば、現代社会の病巣のように言われるわけですが、いびつだったのは、楽園のような構図を保ってきた戦後40年間のほうで、むしろ今の状態が、自然な形に近いのではないかしらん、と思うわけですね。ですから、昔の構図に無理矢理戻すのではなく、今の状態を標準にした上で、いろんな社会制度も見直していくという発想の転換が必要な感じがします。

 大学を卒業した時点で、ましてや高校を卒業する18歳の時点で、生涯勤め上げる仕事や会社を選ぶなんて、どだい無理な話。転職という選択肢が社会的な認知を得始めたのは1980年代で、「職業選択の自由」なんて言葉も流行りましたが、今では「職業選択しない自由」さえも定着してきました。自分に合った仕事という答を先延ばしにして、今は何も選択しない、という決断を選べるようになったのは、基本的に喜ばしいことでしょう。結局は、本人がどれだけ腹をくくって、フリーターという答のない答を決断しているのか、そこが問われているとも言えます。

 この「今月のコラム」にフリーターの話題を選んだ後、たまたま映画「チキンハート」を見ました。殴られ屋という気ままな仕事で日銭を稼いでいる主人公の岩野(池内博之)、ウソで固めた人生を好き放題に愉しんでいるサダさん(忌野清志郎)、定職に就くことで社会参加するという既存のシステムを嫌いつつもその中に組み入れられていく丸さん(松尾スズキ)の3人を中心にした、フリーターたちの煮え切らない日常を描いた作品です。

 映画のなかで、殴られ屋という仕事は象徴的に描かれています。客のパンチを交わす仕事が、職業選択に伴う痛みを避ける現実逃避型(先の分類で言えばモラトリアム型)フリーターを表している。一見、フリーターなんてやるものじゃないよ、やりたいことを早く見つけなさい、というメッセージも聞こえてくるわけですが、これとは対照的なのが、主人公の岩野のお兄さん(尾美としのり)。彼は自分で選んだ好きな仕事=IT企業を興すのだけれど、事業は失敗したらしく、主体的にやりたいことを見つけた人間の痛みも描かれている。

 痛快に見えたのは、達観したように職業選択しない決断をしたサダさんです。最後には死んでしまうわけですが、彼のように腹をくくって生きている人間の強さだけがやけに印象的でした。映画そのものは、当サイト日記コーナーの「さて。」でもふれているとおり、物足らない部分はあるのですが、いろんなことを考えさせてくれる作品になっている点では、もう少し評価してあげてもいいのかもしれません。

 先にも書いたことですが、20歳前後で「自分にあった仕事」に巡り会えるなんて、おそらく奇跡に近いと思う。少なくともボクの場合は、40歳手前でようやくフリーライターが天職だと思えるようになりました。焦らず、気ままな仕事で日銭を稼ぎながら、ゆっくり答を探し出すような生き方もあっていい。もちろん映画のように、いつかはリングのコーナーに追いつめられるように決断を迫られることがあるでしょう。そうなれば、サダさんのように覚悟して試合放棄をし、リングを降りてしまうのも、また一つの人間の生き方だという気がするのです。

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