●今月のコラム●(29) 2002年11月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

5人の24年間

 「北朝鮮による拉致」と日本政府が認定した15人のうち5人が、10月15日、日本に「一時帰国」しました。飛行機のタラップを降りる瞬間を、テレビの生中継で固唾を呑んで見守った人も多かったことでしょう。

 23日には、5人を「永住帰国」とし、北朝鮮に残してきた家族も「帰国」させるよう北朝鮮に働きかけることを政府が決定しました。このコラムは27日に執筆しており、その後さまざまな情勢変化も予想されますが、今の時点で僕がいちばん気にしているのは、一時帰国している5人の24年間についてです。

 というのも、拉致被害者の家族や日本政府が、この24年間をあくまでも「悪夢の24年間」「空白の24年間」として片づけようとしているに思え、僕にはそこがどうも引っかかるのです。果たして当の本人たちにとって、本当に「悪夢の」「空白の」24年間だったのか。洗脳され、ろくな文明も享受できず、自由な発言もできないという悲しく辛い日々で、それは葬り去るにふさわしい年月だった、のでしょうか。

 いずれ遠くない将来に、拉致被害者全員の暮らしぶりや死因が明らかになるとは思うのですが、少なくとも5人の場合、自分ではどうもできない運命を悟り、悲壮な覚悟をもって「北朝鮮で生きていくこと」を選択したはずです。中途半端な脱出を試みることや抵抗することを諦め、北朝鮮人になりきることを選んだ。だから、それなりに恵まれた生活環境を与えられた。そして、望郷の念をぐっとかみ殺し、日本での記憶も封印しながら生活を営んでいくことで、北朝鮮で生きていく術を身につけることができたのでしょう。北朝鮮に対してどのような貢献をしたのかはともかくとして。

 生き延びていけば、どんな形であれ、それなりの幸せ感や日々の楽しみくらいは十分にあったと思います。非民主的な国ではあっても友人はできただろうし、ご近所との繋がりのようなものもあったでしょう。周囲の自然環境や文化を愛おしく見ることもあったと思う。どんな形であれ、24年間そこで暮らしていけば、5人のなかに人生遍歴は積み上がっていくわけで、その24年間を消し去ろうとするような対応は、5人とってみれば存在自体を否定されたような「やるせない気分」のはず。一方的な永住帰国決定には、そのようなニュアンスがくみ取れて、僕にはとても違和感があるのです。

 5人は、自分の人生を一度リセットした人たちです。「元の状態に戻す」という言い方は間違っていないけれど、それは二度目のリセットを5人に強いることでもあります。20歳前後でリセットすることと、40歳を過ぎてからリセットすることでは、負担感が大きく違う。だからといって北朝鮮に戻せと言うつもりはありませんが、そのことを思いはかる言論が表にあまり出ていないのはとても不満です。

 5人の24年間は、囚われの身のままで過ぎていったわけじゃない。ジャングルの中で日本軍兵士であり続けた横井庄一さん(72年帰国)や小野田寛さん(74年帰国)とも違う。たとえ非難すべき国家であったとしても、一人の生活者として日々暮らしを営んできた人たちなのです。

 いちばんの理想は、北朝鮮との国交を正常化して、ある程度は自由に本人たちが行き来できる環境を整えることでしょう。その上で本人がこれからの人生の拠点を選べばいい。ありもしない非現実的な理想かもしれませんが、これを理想とした上で「とりあえず今は緊急避難的に、5人を永住帰国、家族も『帰国』としたい」なら理解もできるのですが、「まずは日本に置いておくべし」が優先するのはヘンじゃないか、と思うのです。

 日本人のほとんどは「北朝鮮で暮らすより日本で暮らす方がいいに決まっている」と思うかもしれませんが、答はそんな単純ではないでしょう。北の方が居心地が良かった、と彼ら・彼女らが感じる可能性は十分ある。何かの調査で目にしましたが、日本よりも、発展途上国とか文明が未発達な国の方が、国民の幸福感が高かったという結果もありましたからね。

 ところで、素直な疑問。拉致被害者5人は明らかに日本人ですから「帰国」は当然として、その家族にまで「帰国」という言葉を使うのはどうも馴染まない気がする。当人にとってみれば知らない間に日本人にされているわけで、不当に思っても不思議はありません。すでに、人権擁護を主張する人々は「本人の意向を無視しており、人権無視だ」と言い始めているようです。自由に意思を主張できない国にいる人の意向をくみ取ることは難しく、杓子定規に「人権無視だ」を決めつけるのはいかがなものか、とは思いますが。

 もう一つ、素朴な関心。81年以降、中国残留孤児の大量帰国という出来事がありましたが、彼ら・彼女らは日本でそれなりの幸せ感を持てたのか、やっぱり中国に戻りたいと思っているのか。そのあたりの「先例」を改めて検証することも大切な気がしますね。

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