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006(02/03/15)
覚えられるのに、覚えられない。

 さて。たまに満員電車に乗ってつり革につかまっていると、隣の人の手の甲に走り書きのメモを発見することがある。思わずクスッと笑ってしまうのだが、決して珍しい例ともいえない。僕の周りにも、手のひらや手の甲をメモ帳がわりに使っている人が、少なくとも3人はいる。メモ帳に書いても書いたことすら忘れてしまうらしく、これが一番の方法なのだと言う。

 僕も、本当に記憶に自信がなくなってきた。ムネオさんじゃないけれど、とくに、ど忘れが激しい。ちょっと湯を沸かそうと席を離れ、台所に立ってから「さて、何するんだっけ?」と迷ってしまうことなど日常茶飯事だ。記憶が怪しいどころか、もはや危険領域でもある。

 ただ、記憶が悪いことを自覚すれば、それなりの予防線を張ることもできる。手にメモ書きをするのも方法だが、僕がもっぱら多用しているのは録音だ。編集者と電話で細かい打合せをするときなど、ついつい電話取材用にセッティングしてあるテープを回してしまうことがある。これで何度助かったことか。外出先で突然おもしろい企画を思いつくことがあるが、この場合は自分の仕事場に自分で留守番電話を入れて録音する。仕事場に帰ってきた頃には、すっかりそのことを忘れていたりするから、これも大助かりだ。もっとも、突然の思いつきに、ろくな企画はないのだが。

 困ってしまうのは、人の名前を覚えないことだ。とくに、出先で突然声をかけられたりして、とっさに名前が出てこず、右往左往してしまうことが過去に何度かあった。酷いときは、顔も覚えていない。どこかで会ったことがあるような気はするけれど、何の取材で会ったのか、さっぱり思い出せない。そんなときは、会釈するのが精一杯だ。

 始末が悪いのは、僕の方は覚えられやすいということ。名前も珍しいし、顔も特徴的。先日は、年に一度くらいしか行かないバイク屋さんに電話を入れたところ、「ああ建野さん、よく覚えていますよ」と言われてしまった。他人からは覚えられるのに、僕は覚えることができない。何だか、とっても癪な気分がするけれど、フリーランスである以上、記憶に残った者勝ちという気もする。外で悪いことができないのは確かだ。

 パソコンのハードディスクは100GBの時代に入ろうとしているが、人間の頭のハードディスクは簡単に補強するわけにはいかない。ここは一つ、手のひらや録音装置を外付ハードディスクとして活用するしか方法はない、なあ。

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007(02/03/16)
コピーライター失格。

 さて。過去にコピーライターという仕事をやってきた。転職情報誌の編集部で、いきなり某コンビニエンスストアの求人広告を書いて見ろと言われ、見よう見まねで書いたのが20年前。それ以来、3年ほど前まで、いろんな商品、いろんな企業の広告を書いてきた。

 コピーはラブレターのようなもの、と言われる。コピーライターは、いわばラブレターの代筆屋さんだ。依頼主の恋心がどういうものであれ、要望に応じた口説きのテクニックを披露する。口説きに徹するのがプロだから、極端に言えば原子力発電所建設促進の広告も書ければ、絶対反対の意見広告も書けるコピーライターでなければ、と思ってきた。今でもこれは正しい考え方だと思うけれど、年を食ってくると、どうしても私情を交じえたくなってくる。いやな商品、いやな企業の広告は、さっぱり書きたくないのだ。コピーライターとしては、明らかに失格である。

 コピーライターという仕事がもてはやされ始めた20年ほど前、「コピーパワー」という言葉が生まれた。広告文の力で「売り」につなげる、そんな手法に注目が集まり、コピーライター養成講座にはどっと若者が集まった。でも、今はラブレターで口説き落とせる時代ではなく、仕掛けで好きに仕向ける時代、すなわちマーケティングで売る時代だ。

 こうなってくると、広告文への期待なんて、まるでなくなる。コピーライターのパフォーマンスよりも、全体の仕掛けの中で役割分担をする広告文だけしか求められない。実に面白くない。個人的には、「コピーの時代」から「マーケティングの時代」を経て、結局は「商品力の時代」に戻りつつあるような気がするのだけれど。

 ま、このような戯言は多分に言い訳でもあって、気の利いた広告文をひねり出す力がなくなった、という部分も正直言ってある。言葉の流行りすたり、新しい表現に対する感性みたいなものは、40歳を過ぎちまえば、大抵の人は枯れてしまう。ひょっとしたら、プロスポーツ選手よりも、短命かもしれない。いい潮時だった、という気もする。

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008(02/03/17)
ネーミング。

 さて。コピーライターは広告の文章を書くのが主な仕事だが、なかにはネーミングという仕事もある。実は、これが一番の苦手だった。商品のネーミング、新しいPR誌のネーミング、会員組織のネーミング、キャンペーンのネーミング、新社名のネーミング、これらの仕事をいくつも担当してきたが、僕の案で採用されたものは、ほとんどなかった気がする。考え出した本人が「ちっ、くだらない案だなあ」と思うくらいだから、依頼主にプレゼンテーションをしても、まず受けるハズがないのだ。

 2年ほど前、小田急電鉄が特急電車の新しいネーミングを一般公募した。小田急といえば「ロマンスカー」が有名だが、箱根などの温泉地へ向かうレジャー用の特急電車というイメージが強い。新しい特急電車は、とくに帰宅時間帯に新宿を出発し、主だったベッドタウンへ一気に座って帰れる特急電車。通勤客の需要を掘り起こそうというワケだ。

 ネーミングへの苦手意識は強かったけれど、仕事ではないから気楽に発想ができ、面白い案が次々と浮かんだ。パートナーの女性にプレゼンテーションをした上で、受けの良かった案を3つ応募して、結果を待った。採用は無理でも、佳作くらいは十分あり得るんじゃないかと、ほのかな期待を寄せながら。しかし、広くネーミング募集をしておいて、あげくの果てに決まった名前は、「ホームウェイ」。ああ、何て凡庸なネーミングだこと。「これなら、わざわざ募集すんなよお」とツッコミを入れたくなったのは、僕だけではあるまい。

 さて。僕の応募案のなかで、とっておきのネーミングがあった。それは「オダキュイ〜ン」。どうです、特急で家に早く帰りたいって感じが出ているでしょ。採用は無理でも、努力賞くらいは該当してもいいでしょ。え? 「ちっ、くだらない案だなあ」だって? そうかあ、やっぱ才能ないのかね……。

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009(02/04/17)
黒髪にしなよー。

 さて。2ヶ月ほど前、仕事で札幌に行った。いろいろ事情あって、札幌市地下鉄に長い時間乗っていたのだけれど、途中で「何かが違う」と思い始めた。いや、もちろん、いつもとは違う電車だから乗り心地も違うし(確か札幌地下鉄はゴムタイヤだっけ?)、車内広告の感じも違う。違っていて当たり前なんだけど、そうではなくて乗っている人の雰囲気が違うのだ。

 しばらく考えて、はたと気づいた。目の前に座っている20代、30代の男女が、いずれも黒髪だったのだ。そうか、「何かが違う」の正体はこれだったんだ……。

 新宿の交差点で、仕事帰りの会社員とは正反対の方向に横断歩道を歩いていて、やはり、はたと気づいた。黒髪の人が一人もいない。本当に、見事にいなかった。栗色、茶色など、ビミョーに色合いは違うが、みんな染めていた。ちょっと、異様な光景だ。

 小うるさいオヤジのように「髪は染めるな」などと言うつもりは毛頭ない。かく言う僕も、4年ほど前、染めようと思っていた。アコーディオン弾きのcobaさんみたく、真っ白にしてやろうかしらん、などと考えていた。結局思いとどまったのは、世間で染める人が多くなってきたからだ。流行におもねる感じがして、潔しと思わなくなった。正確に言えば、少なくなってきた髪の毛を痛めるようなことはやめようという気持ちもあった。

 何でまた、皆が髪の毛を染めるのか。2つ理由があるだろう。1つは流行にあわせるため。皆が茶髪なのに自分だけが黒髪だと、何か、仲間に入れない感じって、あると思う。もう1つは、変身願望。ちょちょいと染めれば新しい自分になった気がする。何か、新しいことが始まるような感じって、あると思う。ま、別に何も変わらないんだけどね。

 いずれの理由も、理解はできる。理解はできるが、いいかげん、黒髪にしたら? と言いたくもなる。結果的にみんなが同じ感じになっているんだから、黒髪を選ぶ方がよほど個性的な感じがする。本当に個性的にしたいなら、パンク野郎のようなヘアースタイルにすればいい。少なくとも僕の場合、凡庸な茶髪人間よりも、奇抜なパンク野郎の方が好きだ。奇異に見られるというリスクを背負いつつ、何かを表現しようとしていて、そのくせ、話しかけると意外とシャイで礼儀正しかったりする。そのあたりが、ちょっぴり愛おしい気がする。

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010(02/04/17)
H"(エッジ)にしなよー。

 さて。これは趣味の問題だが、僕はケータイにPHSのH"を使っている。これが案外、快適なのだ。

 メールのやりとりはパソコンに特化させたいので、ケータイのメールはまず使わない。最近のPHSは高速道路や新幹線での移動中でも、けっこう繋がる。女子高生がこぞって持ちだした出始めの頃は、PHSへの需要が供給量を一気に上回ってしまい、都心では回線の取り合いで繋がらないことも多かったが、今では需要も減り、結果的にはすいすい繋がる。音声も聞き取りやすい。接続コードを買えばノートパソコンでモバイル通信にも使い回せる。それでいて、値段が安い。これが一番のメリットだったりする。

 別に、DDIポケットの回し者でも何でもないのだが、H"にはそこそこ頑張ってもらわねばならない。最近は、常時接続モデムカードでの巻き返しで、PHS人口の減少に歯止めがかかっているようで、とてもいいことだ。

 iモードを使ったことがないから実感はないが、長野県の田中知事も怒り心頭だったように、迷惑メールが大問題になっている。H"では一度だけ迷惑メールがあったが、ただの一回だけ。「多数派に属する」風潮のなかで、「少数派に属する」心地よさがあるのだ。

 さて。僕のパソコンはずっとマッキントッシュだ。ビデオデッキはベータマックス派だった。少数派には悲しい面もある。覚悟して少数派を選ばねばならない。

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