014(06/05/14)凸凹アメリカンロードムービー

ブッダヘッド

タイトル「キッキング・テレヴィジョン
Kicking Television

ウィルコ(Wilco)

http://www.wilcoworld.net/ (海外の公式サイト)

 オルタナティブ・カントリー・ロックバンド、ウィルコの集大成とも言うべき傑作2枚組アルバムである。

 ここ最近、毎年のようにWOWOWで「グラミー賞」を、NHK-BSで「アメリカン・ミュージック・アウォード」を観ているが、そのたびに、日本では全くと言っていいほどメジャーなシーンに登場しない「カントリー」ジャンルの、根強い人気を思い知らされている。全米では屈指のトップスターとして評価され、アルバム3枚合計で3000万枚を売り上げている3人娘、ディキシー・チックスですら日本では知名度は驚くほど低いし、FMではほとんどオンエアもされない。

 かつて70年代には、ジョニー・キャッシュやウィリー・ネルソン、ジョン・デンバー、クロスビー・スティルス&ナッシュ(&ヤング)、ニッティ・グリティ・ダート・バンドといったカントリーミュージックがそれなりの人気を集め、ポコや初期のイーグルスのようなカントリー・ロックも親しまれていたというのに、今や、主要アーティストの紹介サイトを見ても、フェイス・ヒルなどごく一部を除いて「??」のオンパレードである。

 そんな馴染み薄いカントリー・ミュージックに「オルタナティブ・カントリー」などという細目ジャンルがあることを知って驚いたのは、一年半ほど前。今回紹介するウィルコがきっかけだった。オルタナティブとは、既成の音楽に当てはまらない新しい音楽ジャンルを指していたようだが、今ではかなり曖昧な概念で、単にクラシック・ロックと線引きした呼称になっている印象が強い。分かりやすく言えば、ディープ・パープルはクラシック・ロックで、ニルヴァーナはオルタナティブ・ロック、という具合に。故にウィルコは、言ってみれば「新世代のカントリー・ロック」という感じだろうか。

 彼らの存在を教えてくれたのは雑誌「ミュージック・マガジン」2005年1月号の特集「ベスト・アルバム2004」だった。同雑誌の存在意義については、あちこち(例えばここ)で書いてきたが、同特集の「ロック(アメリカ/カナダ)部門」で6位に入っていたのが、ウィルコの5thアルバム「ゴースト・イズ・ボーン」だった。聞いたこともないバンド名だったので、「何じゃこれ」という興味本位でweb検索などをしていたら、「Ongaku.com」でも高い評価がされている。「じゃあ、騙されたと思って聴いてみるか」と都内の図書館で借りて聴き始めた。

 正直言って、最初に「ゴースト・イズ・ボーン」を聴いたときの印象は、とても凡庸なものだった。心に何ら引っかかるものがないのだ。そう、大して親しくもない、趣味も合いそうにない人のクルマに乗せてもらって、その人が自分の好きな音楽を流した時のように。「僕の趣味じゃないんだな」と、とっとと見捨ててしまおうかと思ったが、一部にせよこれだけ高い評価があるということは、それなりの魅力があるはずだと自分に言い聞かせ、かなり我慢しながらウィルコの全アルバムを何度も繰り返し聴いたところ、5回目だったか6回目だったか、不意に気持ちよくなってきた。聴き込んだ末に気に入る音楽と巡り会えるのは、音楽ファンとして無上の喜びである。

 彼らのサウンドは、カントリーをベースにしながらも、ところどころでノイジーでパンクっぽい、激情的なギターが絡みつく部分が魅力的だ。後期のイーグルスのようなメロウな甘さに走らず、甘さの寸止めで辛みのパンチが効く、といった感じだろうか。古典的で保守的なカントリーに、オルタナティブな驚きや瑞々しさが混在していて、なるほど、やっぱり「オルタナ・カントリー」だと納得した次第。

 ウィルコを聴くたびに、僕はいつも、広大なアメリカ大陸を舞台にしたロードムービーのような光景を目に浮かべてしまう。ポンコツアメ車のオープンカーを借りた悪ガキたちが、あてもなくドライブを楽しむ凸凹珍道中のような映画だ。土埃を立てながらサバンナを疾走しているシーン、立ち寄った場末のレストランで地元娘にちょっかいを出して強面の男たちと乱闘するシーン、野宿でバーボンをあおりながら間抜けなバカ騒ぎをするシーン、夕焼けをバックに沈黙のドライブが続くシーン、などなど。

 彼らは95年デビューというから、もう10年選手の中堅バンドだ。詳しい経歴などはあまり知らないが、初期に在籍していたレーベルから放り出され、ノンサッチというマイナーレーベルに拾われたという。このマイナーレーベルとは相性が良かったらしく、移籍後に評価が確立した。以前からライブがなかなか良いらしい、という評判は知っていたが、満を持して発表したライブ盤が、今回お薦めする「キッキング・テレヴィジョン」だ。

 なるほど、ワイルドな爆発力がテンション高く披露されている部分あり、カントリーならではのゆったり感もあり。緩急の織り交ぜ方が実に巧妙で、グイグイ観客を引っ張っている様がよく表れている。演奏もしっかりしていて、安心して楽しめる上級の出来映えだ。ウィルコの入門編としては、まずこれを1枚目とするのがいいだろう。

 ウィルコは2003年のロックフェスで来日したことがあるらしいが、それで人気に火がついたような形跡はない。ビデオクリップを見かけたこともなく、FMでもかからないから知名度は低いが、かつてザ・バンドやイーグルス、ポコ、ジャクソン・ブラウンなどを好んでいた人には、ぜひお薦めしたい作品だ。少なくとも、いまイーグルスのベストアルバムや紙ジャケCDにお金を出すなら、こっちにお金を出すくらいの冒険は楽しんでほしいと思う。