File No.12
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ガーディニア
(加藤和彦)

GARDENIA(KAZUHIKO KATO)
1978年作品

「ガーディニア」ジャケ写

 

70年代後期に産み落とされたJ-ボサノバの怪作
YMO結成へのイントロダクションとして歴史的価値も

 パスタとは言わずスパゲッティと言い、カレーといえばご飯にかけて食べるものだと思い込み、ヨーグルトやワインは甘い味を好み、何にでもウスターソースをぶっかけ、パリパリ皮のソーセージも知らなかった70年代。ハンバーガーやフライドチキンの味が新鮮に感じられていた当時の平均的な日本人が、アメリカ・イギリス以外の諸外国の文化にどれだけ慣れ親しんでいたかは、はなはだ疑問である。

 音楽についても同様で、クラシックと歌謡曲以外の総称として用いられた「洋楽」の世界では、ジャズを含めて多くがアメリカまたはイギリス製の音楽で占められていた。

 何故か、シャンソンやフレンチポップス(フランス)とタンゴ(アルゼンチン)は今よりも市民権を得ていて、ステレオプレイヤーを持っているハイソサエティな家庭の洋間(応接間、居間を含む)には、百科事典と並んでこれらが一枚くらいは飾ってあったものだが、それ以外の国々の音楽は、ニッチなダッチサウンド(オランダ)を除いて概ねカヤの外だった。レゲエ(ジャマイカ)やキューバ音楽も同様で、アフリカ音楽など聴こうものなら「個性的な趣味ですね」と、やんわり皮肉を言われるのがオチだったろうと思う。

 地球の真反対にあるブラジル生まれのボサノバも、まだまだ、一部の人々が愛する音楽に過ぎなかった。もちろん、ジャズファンの間ではスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトが組んだ「ゲッツ/ジルベルト」(1963年作品)がCTIレーベルの歴史的名盤として語り継がれており、これを入口にジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンのレコードを漁った人もいたかもしれない。

 また、最近ではブラック・アイド・ピーズやスティービー・ワンダー、ジョン・レジェンド、エリカ・バドゥ、ジャスティン・ティンバーレイクなど最新の音楽シーンで最前線に立つミュージシャンとのコラボレーションで“復活”したセルジオ・メンデス(とブラジル'66)も、ポピュラーファンにはお馴染みではあったろう。「マシュケナダ」はポルトガル語で歌われた曲としては初めての世界的ヒット(1968年頃)になったそうで、ボサノバ入門編的な役割を果たしたことは確かだ。ただ、いかんせん、大衆的な人気を獲得しているとは言えなかった。

 前置きが長くなったが、それは、当時の時代状況を背景として知った上で、加藤和彦の「ガーディニア」の存在感を浮き彫りにしたかったからだ。

 一言で言えば、この「ガーディニア」は和製の「なんちゃってボサノバ」の怪作である。決して、直輸入のボサノバではない。かといって、歌謡曲でもない。本流のボサノバの良さを、異国情緒を損なうことナシに、歌謡曲至上主義的な日本のマーケットに、いかにソフトランディングでなじませていくか、そんな困難な課題に立ち向かった作品なのだ。これは、加藤和彦以外の何者にもなし得なかった芸当だろうと思う。その意味で、極めて貴重な作品だと言える。

 「ガーディニア」は、ザ・フォーク・クルセダーズとサディスティック・ミカ・バンドを経てソロ活動に入った加藤和彦のソロ第4作にあたる。これに続き、バハマで録音した「パパ・ヘミングウェイ」(79年作品)、ベルリンで録音した「うたかたのオペラ」(80年作品)、パリで録音した「ベル・エキセントリック」(81年作品)の、いわゆる海外録音3部作を発表。さらに「あの頃、マリー・ローランサン」「ヴェネツィア」などと続き、日本のポピュラー音楽界で重鎮的な評価を獲得していく。

 世間的には、「パパ・ヘミングウェイ」以降の作品に熱烈な支持が集まっているのだが、最近これらを聴き直してみたところ、正直言って退屈に聴こえてしまった。まあ、好みの問題ではあるのだが、何だか背伸びをしすぎて上滑りなサウンドに思えてしまうのだ。その点、「ガーディニア」は当時の日本の音楽事情をしっかり踏まえた上で、異国サウンドと日本人受けするサウンドの混ぜ合わせというか、さじ加減が絶妙で地に足がついた感じがする。

 さらに、このアルバムでは加藤和彦のボーカルがとても冴えている。あの、音程がふらふらしたような、ビブラートがかかったような頼りなげな声色が、ボサノバやサンバにピッタリ合っているのだ。当時、この作品は、当コンテンツの編集後記でも記した「ビート・オン・プラザ」でエアチェックしたのが初めての出会いだったが、「日本でも、こういう音楽ができるのか」と非常に新鮮な驚きがあったことを覚えている。

 同番組の当時の放送記録によれば、「日本のフォーク&ロック特集」週間の月曜日に「ガーディニア」が放送され、火曜日以降は、中本マリの「ラヴ・タッチ」、プリズムの「セカンド・ソウツ/セカンド・ムーヴ」、細野晴臣の「はらいそ」、松任谷由実の「紅雀」と5枚が紹介されている。実にユニークなセレクトだ。なかでも「ガーディニア」と細野晴臣の「はらいそ」は、その後も愛聴のテープとなった。

 マニア心をくすぐる「ガーディニア」のもう一つの魅力は、参加ミュージシャンの多彩さだろう。ざっと挙げてみても、坂本龍一、高橋幸宏、渡辺香津美、後藤次利、鈴木茂、笠井紀美子、斉藤ノブ、村岡健、向井昭生といった具合。個人的には、笠井紀美子の参加がとても嬉しい。坂本龍一と高橋幸宏は、後の海外録音3部作にも続いて参加し、「うたかたのオペラ」では細野晴臣や矢野顕子、大村憲司も合流。YMOが勢揃いといった感じになるわけで、「ガーディニア」はYMOにつながるイントロダクションとして記念碑的な作品にもなっている。

 「ガーディニア」は、先にも触れたように、1978年という当時の時代背景のなかで存在感を誇示した和製ボサノバの怪作だ。僕的には加藤和彦の代表作品と呼びたい作品でもある。しかし残念ながら、過去に一度だけCD化された後は廃盤のままになっている。世間的な評価が高い海外3部作は04年、ご丁寧にも紙ジャケ仕様で復刻発売(一部音源はカット)されたのに、「ガーディニア」はダウンロード購入でしか入手できない。

 ダウンロード購入の習慣を普及させるための商材と化してしまった以上、もう二度とメディア盤ではリリースされないに違いない。よって、「隠れ名盤 世界遺産」として登録し、永遠の保護を呼びかけるものである。

今でも鑑賞に耐える ★★★
歴史的な価値がある ★★★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★★

●この作品を手に入れるには……90年代の初めに一度CD化されたが、数は出回っておらず、アナログ盤の入手に頼るしかないだろう。加藤和彦やYMO関連のアナログ盤は非常に高値を呼ぶ傾向があり、「ガーディニア」もオークションで年に数回出品されているが、1万円を超えることも多い。東京在住の人なら、図書館を探してみるのも方法。ちなみに、ダウンロード購入でよければ入手は簡単。検索すると、すぐにヒットする。

●09/10/12追記……07年11月に紙ジャケCDで再発売された

 
【世界遺産登録 06年02月15日】
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