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【No.125】 2003年4月13日号
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「黒人の唇を修正」で思い出した自己規制 一週間ほど前でしたが、文部科学省による教科書検定で、英語の教科書に描かれた黒人のイラストに修正が求められた、という報道(朝日新聞、4月8日付)がありました。記事の一部をそのまま引用すると、文部科学省は「アフリカ系アメリカ人(注・黒人のこと)の民族的特徴として唇が厚いことを誇張して描くことは、読者の誤解を招く」と指摘したそう。 記事の中では、文部科学省の指摘に同調するピーター・バラカンさん(個人的には好きな方ですが)の意見とともに、「修正は馬鹿げている」というニューヨーク・タイムズ紙東京支局長(ご本人は黒人)の意見も紹介されていました。両論併記で客観的な報道に努めようとしている姿勢には好感が持てますが、僕個人としては、今回の修正指示にいやーな印象を持っています。 問題となったイラストが、誇張表現に見えるかどうか、受け止め方には個人差があるでしょうが、僕から見れば十分に許容範囲。むしろ修正後のイラストは、民族不詳・国籍不詳で個性もそぎ落とされ、無味無臭化したイラストになってしまっているように見えます。 いちばん気になるのは、民族の違い、肌の色の違い、目の色の違い、ヘアスタイルの違い、目や鼻や耳や口、身体の違いを、全然肯定的に見ようとしていない文部科学省の考え方です。人間とは本来、きわめて多様な外観をもっているはず。多様な外観を認めていこうという方向ではなく、多様さを否定して一つの標準的な枠に押し込めようとするところに、むしろ逆の教育的効果を感じてしまうのです。そして、重箱のスミをつつくように「標準外」の修正箇所を見つけようと腐心している様に、呆れてしまいます。 このニュースを読んで、小人のことを思い出しました。かつてはザ・ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」(1969〜85年)などのメジャーな番組でたびたび小人(小人プロレスのレスラー)が登場してきましたが、いつしか目にする機会もなくなってしまいました。異形の姿をさらす小人に違和感を感じた一部の視聴者が、テレビ局にクレームをつけ、これに対処できなかった局側が自己規制をした、と伝え聞いています。笑わせることを生業としていた小人タレント本人は、差別を防ぐという大義名分のなかでタレント生命を絶たれてしまったわけで、迷惑千万な話でしょう。 彼らは、可愛いキャラクターの着ぐるみを着る仕事に活躍の場を見出すのですが、姿をさらす仕事ではホサれたのに、姿を出さない仕事ならテレビやCMにも出演できる、というのは皮肉としか言いようがありません。 もう一つ、思い出したことがあります。それは、金融機関系企業の同じような自己規制のばかばかしさです。広告主への提案を行うクリエイティブ・ディレクターとして実際に経験したことですが、一般向け・社内向けを問わず、印刷物で使われるイラストのチェックに、担当者が異常なまでの神経を使うのですね。 代表的なものは、指が5本あるかどうか。イラストのシチュエーション次第で、人間の手の指が5本とも見えるとは限らないわけですが、「どんなに不自然でも構わないから、指は5本にしろ」と、担当者は言うわけです。その他、身体の一部分を誇張した表現も、ことごとく嫌われました。自ずとイラストのタッチは限られてしまい、実に凡庸な表現になります。 広告代理店は手慣れたモノで、そのあたりの事情を知っているから、大手金融機関向けのキャラクターに人間のイラストはまず提案しない。実写のタレント写真や、動物、架空の生き物を好んで使うわけです。某生保の仕事でも、某銀行の仕事でも、同じような経験をしました。彼らにとって、何らかの理由で身体に欠損をもつ人間は、その存在自体が差別的なのでしょうか。 話題をそらせてしまうようですが、イラクのフセイン政権があっけなく崩壊した日、フセイン大統領の銅像に星条旗が一時的にかけられた光景を見ていて、アメリカはアメリカ的な価値観をこの国に持ち込もうとするのだろうなあ、などと考えていました。僕には時々、くだらない妄想を発展させるくせがあって、「もしもアラブ人がアメリカ人化したら……」などと想像し始めたんですね。 その一つが、アラブ人男性が誇りにしているともいわれる、口ひげの禁止令。アメリカ兵がアラブ人の髭を強制的に剃り落とす光景を思い浮かべていたら、その夜、自分の髭を無理矢理剃られてしまう夢を見てしまいました(笑)。実際にこんなことがあるとは思いませんが、遠い将来にアラブ諸国がアメリカ化した暁には、口ひげを生やす人は少なくなり、やがては「口ひげを書き込んだアラブ人のイラストは差別的だ」などと言われかねないでしょう。 冒頭の話題に戻れば、子供達向けの教科書には、さまざまな民族の顔やファッション、さまざまな異形の姿をした人々の写真やイラストこそ、載せていただきたいですね。諸外国に比べて、多民族性が薄い日本だからこそ、その意味は大きいと思うのですが。 |
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