●こんな仕事してきた●(07) 2000年12月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

むかしむかし、老舗のビルがあってのう……

(今回は、昔話ふうの現代話です)

 むかしむかし、ある町に、「太郎兵衛ビル」という老舗のビルがあってのう。ちょっと風変わりな形をしたビルで、でけた当時はえろう話題になったもんじゃ。そこには、誰もが知っている有名な「庄助屋」という会社の本社が店子で入っておった。店子は、今風に言うと、テナント、っちゅうたらええのかの。

 時は移って、世の中が泡々景気になっての。「太郎兵衛ビル」の近く、地上げででけた空き地に「越後屋ビル」っちゅう新しいビルができることになったんじゃ。長い間「太郎兵衛ビル」とその店子である「庄助屋」は仲良く暮らしておったのじゃが、「庄助屋」はピカピカの「越後屋ビル」がええっちゅうて、引っ越してしもうた。

 これが大騒動になってのう。長い間「庄助屋」を可愛がってきた「太郎兵衛ビル」のオーナー・太郎兵衛爺の逆鱗にふれて、日本各地にある「太郎兵衛ビル」から「庄助屋」の店を閉め出せ!っちゅうて、それはもう、手がつけられんほどに怒ったという話じゃ。

 ピカピカの「越後屋ビル」は泡々景気の崩壊と共に完成しよった。ビルの前には人工の池まで作りよってなあ。それはそれは、羽振りのいいビルじゃ。可愛がっていた店子を奪われた「太郎兵衛ビル」の面々としては腹の虫がおさまらん。ところが、やっぱりピカピカの「越後屋ビル」は誰もが憧れるんかいのう、以前は老舗の「太郎兵衛ビル」で寝泊まりしておった家なし人たちが、こぞって「越後屋ビル」に集団移動しよった。そして自慢の人工池は、家なし人たちにとって格好の水浴び場所になりよったんじゃ。

 これを「太郎兵衛ビル」の面々が「しめしめ」と思わんハズがなかろうて。

 ところで、不思議な話があるんじゃ。ピカピカの「越後屋ビル」に移動した「庄助屋」じゃが、「越後屋ビル」には「庄助屋」とは商売敵の「庄吉屋」の店が店子で入っておるんじゃ。何でじゃろうなあ。んでもって、「越後屋ビル」の隣にある「小平太ビル」には「庄助屋」の店が入っておる。

 ここからはワシの想像じゃがの。たぶん、ピカピカの「越後屋ビル」に入居した「庄助屋」のオーナー、庄助爺の部屋からは、自分のビルの階下は見えんし、隣の「小平太ビル」に入っている店が眺められて満足しとるんじゃないかいのう。

 ともあれ、くだらん店子争奪戦じゃのう。でも、愉快な話じゃのう。ワシが取材したかわらばんには載せられんかった話じゃが、古くからの村人の間では、知る人ぞ知る話じゃ。

※太郎兵衛ビル、越後屋ビル、小平太ビルは新宿副都心のビル、「庄助屋」「庄吉屋」は某ファーストフード店、それぞれ、もちろん仮名です。

2003年発行分

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