●今月のコラム●(01) 2000年6月13日号

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ドラえもん化社会(時代)

 「あんなコトいいな、できたらいいな」のドラえもん的欲望にセーブをかけるものがほとんどない今の世の中を、ボクは「ドラえもん化社会(時代)」と名付けてみました。

 今はコンビニをはじめ、24時間営業のお店がいろいろあって、深夜でも欲しい物はたいてい手に入れることができます。外に出るのが面倒なら家に配達してくれます。お金がなければクレジットカードで買えます。カードがなければ、無人貸出機でお金をゲットするのも方法でしょう。ネットサーファーであれば、クリック一つでお買いものもできる。とてもとても便利な世の中です。

 周りの監視の目もありません。うるさい親はいない。うるさい年寄りはいない。うるさいご近所も、うるさい先生も、うるさい大衆も、うるさい上司も、うるさい先輩もいない。心の中までズカズカと踏み込んできてくれる人間関係もない。だから、無人貸出機でお金をゲットできなければ、恐喝という方法も、簡単に選択肢に入ってきます。

 コンビニがよくないとか、地域のコミュニティを復活させろとか、子供は原っぱで遊べ、などと言うつもりはありません。「近ごろの若者は我慢が足りない」という人は確かにいるし、僕もそんな思いが時々脳裏をかすめます。一見正論に聞こえますが、だけど本当に昔は個人が「我慢力」をもっていたのかな。そうではなくて、欲望を叶えるために乗り越えなければならない様々なチェック機能というか、高い高いハードルがあったために、我慢せざるをえなかっただけなんじゃないかと。

 これだけ便利化した世の中で、個人は簡単に、欲望のとりこになっちゃいます。流行ものをやり尽くし、酒もタバコもエッチの味も覚えた人たちは、これから何を楽しみに生きていくんだろ。高校生のうちにやりたいことを全部やり尽くして、あと、何をするんだろ。渋谷とかで今どきの若者を見ていて、以前は単なる不愉快だったんだけれど、今はとても痛々しく感じることがあります。

 ドラえもん化社会をどのように生きぬいていけばいいのか、その処方箋はまだ見えてきません。ただ、少々大げさに言えば、そういう世の中がしばらくは続いてしまうだろうという前提のなかで、子育てとか、教育とかの問題も考えて行かなくてはいけないんだろうなあ、などと、子供もいないくせに、えらそうに考えてしまうのですね。

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