●今月のコラム●(02) 2000年7月1日号

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2002年発行分

生き急ぎ

 以前、取材で香山リカさんにお会いしたのをきっかけに、香山さんの週刊メールマガジン「香山ココロ週報」の定期購読者になりました。とても面白いメールマガジンで(購読無料)、一週間の仕事はコレを読むことから始まっています。さて、その18号(5月29日号)の「どうして今の子たちは自分の状況に気づき、さえない自分を早く何とかしなくちゃ、と思うのか。あの頃より逃避のための装置は充実しているはずなのに、どうしてそれでひとまずやりすごすことができないのか」という一文を読み、はたと考えました。

 前回の当コラムでも「高校生のうちに酒もタバコもエッチの味も覚えて、この先何を楽しみに生きて行くんだろ」と書きましたが、これらの問題意識を結ぶキーワードは「生き急ぎ」です。

 香山サンはSFを読み漁ることで、思春期の逃避をしたそうです。僕はロックでした。授業が終わったら、誰とも遊ばずに一人でロックばかり聴いていました。そうして「いかに生きるべきか」「愛とは何か」「友情とは何か」と、武者小路実篤的な、答えの見つからない問いかけばかりをしていました。あれも、一種の現実逃避だったよなあ、でもあの時間はあの時間で意味はあったんじゃないのかなあ、と今改めて思います。

 逃避というのは、要するに課題先送り、ですよね。中学生を過ぎると、だんだん世の中が見えてきて、自分の将来が子どもの時よりリアルに浮かんでくる。世の中に対する距離感、人生における今後の立ち振る舞い方の答えが迫られてくる感じがして、「ちょっと待ってよ、今考えてるんだからさあー」と、とりあえず逃げ込んじゃいたくなる。前ばかり向いていたらいたたまれないから、きびすを返して後ろを向いちゃいたくなる。この年頃って、周囲から「何を考えているんだかわかんない」と言われることが多いけど、実は、自分でも何考えてるんだかわからなかったりするんだよね。

 香山さんの言うとおり、「逃避のための装置は充実している……」のかもしれません。だけど、それが本当に逃避のための装置として機能しているのかなあ、と思うのですね。どこへ行っても何をしていても、「素敵な自分に変身しろ」「この情報を知らないと遅れるよ、チェキ!」と、前向きに生きるための情報が渦巻いていて、放っておいてくれないんじゃないかな。

 女子高生がカラオケに走り、日焼けに走り、化粧に走り、厚底ブーツに走り、ケータイ(メール)に走るのは、彼女らなりの逃避だと思うし、17歳の事件に男性が多いのは、そういう逃避のための装置をもたなかったからだという気もするけれど、その女子高生の逃避のための装置さえも、最新流行チェックという「前向き」さでしか手に入らない。カラオケボックスを「家でも学校でも地域でもない、まったりできる第三空間」と表現した人(宮台真司さんですね)がいたけれど、あの場さえ、最新音楽事情のチェックを怠れば、居心地の悪い場所になるはずでね。どこへ行っても後ろ向きでいられず、逃避にもならない。

 「前向き」に生きる人生は素晴らしいけれど、そればかりに脚光が当たっていることには、とても違和感があります。バスジャックの犯人は、一見、後ろ向きの人生が破綻した結果 に見えますが、あれは彼の中では「前向き」に生きるための最終手段だったろうし、後ろ向き人生への畏れが背景にあるように思えるのです。

 「後ろ向き」に逃避しつつやりすごすことが、とても困難な時代だと思います。ネアカ・ネクラという言葉が流行った1982年頃も、僕を含むネクラな人間にとって強迫観念が伴う生きにくい時代だったけれど、それとは比べものにならないほど生きにくいんじゃないかな。

 そういえば、ポジティブシンキングという言葉も、何だかイヤですね。姿の見えないものに後ろからせっつかれて、「おらおら、前を向いて歩かんかい!」みたいな感じがするよね。「癒し」とか「ヒーリング」もイヤな言葉だな。傷はとにかく急いで治せ、マイナスの自分から早く抜け出せ、ってね。ちなみに、癒しブームに飛びつく若い女性のことを、僕は以前から密かに「癒したガール」とか「癒されたいっ子、世にはばかる」と呼んでいました。

 自分の心の傷をペロペロ舐めて、かさぶたができるのをじいっと待っていたっていいのにねえ。

※文中の香山リカさんのメールマガジンからの引用については、香山さんご自身と、so-netから許諾を得ています。

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