007(05/09/13)ガツンと心に響く女性シンガー

レイチェル・ヤマガタ

タイトル「ハプンスタンス」
Happenstance

レイチェル・ヤマガタ(Rachael Yamagata)

http://www.bmgjapan.com/_artist/info.php?id=1704(日本のレコード会社の紹介ページ)

 新しいアーティストに飢えてくると、時々、衝動買いがしたくなる。アマゾンなどのユーザーレビューや、余計なお世話としか思えない「このCDを買った人はこんなCDも買っています」情報をクリックしてみたりして、「えいやっ」と買ってしまうものだ。これを購入したのは去年の末か今年の初めだったと思うが、当時、個性の強い女性シンガーに飢えていた。あわせて3枚を購入し、残念ながら2枚はハズレだった(佳作ではあったが趣味ではなかった)。残ったのが、このレイチェル・ヤマガタである。

 ここ数年、ミシェル・ブランチアヴリル・ラヴィーンが売れたせいか、洋楽分野ではイキのいい新人女性シンガーが次々と出てきている。僕がアルバムをチェックしただけでステイシー・オリコホリー・バランスケリー・クラークソンヒラリー・ダフリンジー・ローハンなどなど。それぞれキャッチーなヒット曲を放っており、ケリーあたりは歌い上げ系のコンテンポラリーな女性ボーカリストに育ちそうだが、彼女以外はまだ10代でアイドル路線は否めない。もう少しアーティスト色が強くて面白い逸材はいないものか……と、衝動買いに走ったのだった。

 こうしてレイチェル・ヤマガタという不思議な名前をもつ彼女のアルバムを聴き始めたわけだが、まず、新人らしからぬどっしりとした存在感に驚いた。ジャケット写真には似つかわしくない大人びたハスキーボイス、媚びた感じがしないメロディライン、1曲ごとに異なる色合いを映しだす引き出しの多さ、車窓から見える風景がさまざま変化する如く意外な展開を見せる曲調……これは、ただ者ではないと感じた。

 かつてのロック少年・少女にわかりやすく喩えるならば、ピアノ使いを基本とした、いかにもシンガーソングライターっぽい曲調はキャロル・キングを思い出させ、時にはリッキー・リー・ジョーンズのようなアンニュイさでブルースを、ジョニ・ミッチェルのようなさりげなさでジャズっぽい曲も歌いこなす。キャッチーな曲でもないのに人を引き込む力はパティ・スミスのようでもあり、時に感情を高めてシャウトする様はジョップリンを思わせる。こんな風に書くと「何だ、統一感のないアーティストか」と思われるかも知れないが、不思議とこれらが1つの個性の中に収斂されていて、レイチェル・ヤマガタでしか表現できない世界観を構築しているのだ。

 改めて日本盤ライナーノーツに目を通してみる。彼女は日系3世の父親と、イタリア人とドイツ人のハーフである母親から生まれた。自身も笑いながら語っているように、見事な日独伊三国連盟である。物心つくまえに両親が離婚し、父親の仕事の都合なのだろうか、アメリカ国内を転々と移る生活が大学時代まで続いた。この間、独学で12歳からピアノを学び、やがて自ら曲作りも始めるようになる……。まあ、このあたりのライフヒストリーは、冒頭のBGMジャパンのページ(PROFILE欄)で、珍しいことにアーティスト自らがPROFILE原稿を書いているので、参照していただきたい。

 多くの人がそうするように、僕もライナーノーツの説明は後回しに、まず曲を聴くのだが、後でライナーノーツを読みながら微笑んでしまったのは、多感な時期に父親の車でよく聴いていた曲は、ジェイムス・テイラー、キャット・スティーブンス、サイモン&ガーファンクル、スティービー・ワンダー、リッキー・リー・ジョーンズなど、だったそうである。前回取り上げたブッダヘッドとも共通するが、やはり子供の頃に聴いた音楽は、その後の音楽性に多大な影響をもたらすということなのだろう。

 多様な文化的背景を持ちながら生まれ、先に挙げたようなアーティストから養分を吸い取り、転校続きの孤独感でピアノと向き合い、さまざまな地域のカルチャーに接してきたことを思えば、このアルバムはレイチェル・ヤマガタそのものであるように思う。自分が感じてきたこと、喜び、悲しみ、怒りを覚えたことを素直に感情表現しつつ、鑑賞に耐える作品として完成させる術を持った彼女には大きな可能性を感じる。

 70年代洋楽リンク集などを作っている立場としてよく思うことは、20年30年と経過して、曲だけが印象に残るアーティストと、存在そのものが印象に残るアーティスト、その2つに分かれていく気がしている。彼女は間違いなく後者の部類に入る逸材で、おそらく何年経っても「レイチェル・ヤマガタ、いいよね」と言い合えるアーティストになっていく気がする。ガツンとした新人女性ボーカルと出会いたい人には、強くお薦めしたい。最後の締めくくりで「次回作にも期待」とは常套句だが、彼女の場合は、5年後、10年後まで末永い活躍を期待したい。それができる人だと思う。