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003(05/05/01)ファンキーなアメリカ批判

アンティバラス

タイトル「フー・イズ・ディス・アメリカ?
Who Is This America?

アンティバラス(Antibalas)

http://www.antibalas.com/ (海外のサイト)

 アフロミュージックの重鎮、フェラ・クティのサウンドや魂を受け継ぐとされる大所帯バンド、アンティバラス(・アフロビート・オーケストラ)による、実に攻撃的で刺激的なファンクアルバムだ。タイトルを意訳すると、「こんなアメリカって、何サマなの」という感じだろうか。最近聴いたアルバムの中では、相当なお気に入りの部類に入る。

 サウンド的には、アフロビートを底辺にしつつ管楽器を前面に出したノリのいいファンクそのもので、70年代にタワー・オブ・パワーや初期のアース・ウインド&ファイヤーなどを聴き、「ソウルマコッサ」(マヌ・ディバンゴ)などのアフロ風味付けのポップスにも耳を奪われていた人なら、たぶんハマるサウンドだ。最近の日本人ミュージシャンでは、東京スカパラダイスオーケストラ渋さ知らズのファンにも是非聴いてほしい。

 恥ずかしながら告白すると、冒頭でふれたフェラ・クティというミュージシャンを、僕はついこの間まで知らなかった。同年代のコアな音楽ファンにこのことを告白すると「ええっ? フェラ・クティを知らないの?」と言われ、ただただ恥じ入った。メジャーな存在ではないが、音楽好きなら知っていて当然、といったミュージシャンらしい。日本で彼のことが紹介され始めたのは1981年だそうで、個人的には社会人になって洋楽に対する感度が急激に落ち、耳に心地いいフュージョン系ジャズにうつつをぬかしていた時期だ。

 ライナーノーツ風のお決まりな紹介をなぞらえば、フェラ・クティは1938年にナイジェリアで生まれ、16歳の頃から音楽活動を開始、25歳で自身のバンドを結成した。その後、1969年に渡米すると黒人解放運動やその一翼を担ったマルコムXの思想に感銘。翌70年からは反体制的なメッセージをしたためた音楽活動を先鋭化し、時のナイジェリア軍政権から激しい弾圧を受けた。

 それは、コンサートを開かせてもらえないとか、微罪で逮捕されるといった生やさしいものではなく、軍部の爆撃によって母親を殺され、自身も大きなアザとなるような拷問を受けたりと、想像を絶するようなものだったというから驚かされる。フェラ・クティはそのような軍部の圧力にも屈することなく、政治の腐敗や社会の矛盾をアフロビートに乗せていった。同じ頃に渡米して黒人解放運動の影響を受け、レゲエにメッセージをしたためたボブ・マーレーと並び称される存在である。

 残念ながら、フェラ・クティは97年にエイズで死亡し、その遺伝子は息子のフェミ・クティに引き継がれているが、その他にもフェラ・クティを信奉するミュージシャンは数多い。そんな連中が集まったバンドの1つが、ここで紹介しているアンティバラスである。誰もがアフリカ系黒人ミュージシャンのバンドと思うだろうが、実は彼らは多くが白人だそう。70年代半ばにアヴェレイジ・ホワイト・バンドが登場したときも、「ふうん、白人バンドでもこういう音が出せるのか」と思ったことがあるが、アンティバラスはアフロビートのまさに王道をいくサウンドなので、それ以上に意外な印象を受ける。

 音だけを表面的に楽しむことも十分できるが、歌詞も興味深い。なかでも、マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」に挿入されたアメリカ大陸の歴史解説アニメに大笑いをした人なら、きっと共感できそうな歌詞のタイトル曲、そして、「ありがとう、イラクを解放してくれて」「ありがとう、世界をさらに安全にしてくれて」などとホメ殺しでブッシュ政権を皮肉る「ビッグマン」などは、日本語の対訳を見るだけでも痛快だ。例の9.11テロ事件以降、彼らは政治的なメッセージをしたためた曲を演り始めたようで、サウンドのみならず、魂の面でもフェラ・クティを受け継いでいるといわれる由縁が、ここにある。

 ちなみに、このアルバムからアフロビートに親しみを感じた人なら、前述のフェラ・クティ、息子のフェミ・クティの作品にも食指を動かしたい。CDもいいが、DVDから入った方がインパクトは強そう。とくにフェミ・クティのライブDVDは、たぶん多くの人がビックリするだろうなあ。狂喜乱舞した観客が椅子やら飲み物のビンやらを投げ飛ばすなど、会場はまるで戦闘場のような混乱ぶりで、そのなかでフェミ・クティは、騒然とした雰囲気をさらにあおるように、メチャクチャ乗りのいいアフロサウンドをガンガン叩きつけているのだから。

 この映像をピーター・バラカンさんの番組「pbs」で見たのが、実はフェラ・クティやフェミ・クティとの初めての出会いで、彼らについて調べ始めてアンティバラスを知ったのだった。バラカンさん、ありがとう。

●こちらのアルバム評もあわせてどうぞ。→Ongaku.com 早坂英貴さんのアルバム評