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【疑問レポート・3】
●あの「ヘルパー上限」問題って、結局、どうなったの?
今年1月半ば、冬風吹きすさぶ厚生労働省庁舎前を、数百人の障害者や支援者が連日取り囲んだことは、まだ記憶に新しいだろう。
障害者の地域生活を支えるホームヘルプサービスの利用時間について従来、上限を設けないよう自治体に指導する立場にあった厚労省が、実は上限づくりの検討を始めている――そんな話が1月上旬インターネットで広がり、10日には毎日新聞もこれを報道。月に身体障害者120〜150時間、知的障害者は重度が50時間、中・軽度が30時間程度……といった数字が流布し、実質の利用制限だと障害者側が抗議。14日より厚労省前の抗議活動と交渉が始まったのだ。
16日には千人を超す障害者や支援者が厚労省前に集結、その後の雨や雪の日にも数百人が集まり続け、結果としては27日、「厚労省が『上限』撤廃、障害者団体と合意」と各紙が報道。交渉に当たってきた支援費緊急全国行動委員会(日本身体障害者団体連合会、日本障害者協議会、全日本手をつなぐ育成会、DPI日本会議等で構成)は、28日に予定していた厚労省前での大規模抗議行動を取りやめ、日比谷公園で「合意」に到る経緯を説明、事態は一気に収束に向かった――少なくとも表面上は。
しかしその28日の日比谷公園においても、高らかに「勝利」を宣言する団体関係者がいる一方、「ほんとに歴史的大勝利?」という垂れ幕が翻り、苦渋をにじませる関係者もおり、「合意」や「上限撤廃」が報道されたほどすがすがしいものではなかった様子が見て取れた。
「僕らは抗議行動で、厚労省の姿勢を元に押し戻したつもりでいた。でも……」と語るのは、厚労省との交渉団にも加わった益留俊樹さん(介護保障協議会・顧問)。
「……ところが振り返って見ると、押し戻せたのはわずかで、実はがけっぷちから落ちる寸前まで押し流されたのは、僕らのほうかもしれない……」
あのとき障害者団体側が厚労省と「合意」したのは、主に次の4つの点が示されたからだという。
まず、(1)厚労省側の上限時間案は、あくまで国から市町村へ出す国庫補助金の交付基準であり、障害者個々人へのホームヘルプサービス支給量の上限を定めるものではないこと。次に、(2)現在提供されているサービスは維持すること。さらに、(3)この交付基準よりも高いサービス水準が既にあった市町村には、従来の水準を維持する(そのためにホームヘルプ予算総額280億円のうちの1割を調整交付金とし、こうした市町村のサービス充当に当てる)といった激変緩和措置が示されたこと。さらに(4)ホームヘルプサービスの利用当事者を含めた検討委員会を設置し、将来の検討をする姿勢が示されたこと――だという。
その国庫補助基準では、「一般障害者が月25時間、視覚障害者が月50時間、全身性障害者が月125時間」という基準が示されている。
とはいえ、「個人の上限ではない」と厚労省がいくら言っても、財源が限られた市町村ではこれが実質の上限枠と化すおそれは残る。ホームヘルプサービスは費用の半額を国が補助して自治体と負担を分け合う仕組みで、国の補助を得られぬ分までサービス提供すれば、その費用は自治体の持ち出しとなるからだ。
「4団体での共闘を、僕らは今回、一番大事にしたんです。しかし実際には、障害者の親御さんが多い育成会と、僕ら障害当事者で構成するDPI等と全身性障害者を中心とする団体では、介護の必要性に対する認識も随分違っていた」と益留さんは呟く。
育成会や日身連は、同じころ決められた別の補助金打ち切り(障害者が地域で生活するのを支援する2事業=市町村障害者生活支援事業と障害児者地域療育等支援事業への補助金打ち切り)にも、厚労省の裏切りを感じていたという。
「そんな状況下、『上限撤廃』という言葉がみんなの怒りを結集する合言葉になっていった」(益留氏)
それはマスコミにも書きやすい言葉で、以降、新聞には「『上限』に抗議」「上限白紙撤回を要求」といった報道が連日されていった。地方自治体も、補助金カットは「地方への負担強要」だという立場から、厚労省へ次々と反対を表明。主要3紙は揃って社説や解説欄でこの問題を扱った。
これらの動きを障害者側は追い風と感じた。それでも姿勢を変えぬ厚労省に24日、障害者側は一時交渉中断を宣言。「でも24日夜、どうも風向きが変わってきた」と益留さんは回想する。
「マスコミ側から、『厚労省が障害者の意向に沿った代替案を出しているらしい。ならば厚労省に会うべきだ』と、我々へ初めて批判が出たんです。結果としてそれは事実ではなく、マスコミは今度は厚労省を批判することになったんですが――そのとき初めて僕らに危機感が走った。マスコミが離れるのではと。同時に障害者4団体幹部に対しては、厚労省等から露骨な切り崩しがかなり来ていました」
障害者4団体は、その後も最後まで共闘はした。しかしこうしたさまざまな揺さぶりは微妙に心理に作用し、27日に厚労省側が出してきた「これを個人の上限とはしない」という文書を、障害者側が意外にすんなり受け入れる道を開いた、ということのようだ。「上限」撤廃にこだわった運動は、「上限」否定書面を受けて収束に向かった。
しかしこれで、長時間介護を必要とする障害者の生活、ことに従来サービスが充実していない地域の障害者の生活をほんとうに守れたのだろうか。交渉の過程で、4団体は約280億円という国のホームヘルパー予算枠を認める論展開をし、「現状サービスの維持」を強調した。しかしその結果、新規に生まれるサービス需要への対応が宙に浮いている感も否めない。
「キツイですよ。従前の予算を保障するということは、新規は認めないということになりかねないから」と益留さんは顔をしかめる。
彼が言う「がけっぷち」とは、昨年9月頃から厚労省内で実質的検討が再開されたという《障害者福祉を介護保険に統合する》流れを指しているという。彼は語る。
「僕が慕っている、或る障害者の先輩から言われた言葉を思い返しています。『マスコミや世論や、そういう力を当てにしちゃダメだよ、自分たちで戦わなくては』と……」
一方、この経過を少し違った視点から見、ある仮説を立てているのが小佐野彰さん(前出)だ。
「1月の一連の経過で厚労省がめざしたのは、実はホームヘルプの上限設定なんかではなかったと思う」と、彼は言う。あのとき障害者側が問うべきは、ホームヘルプ利用の「上限」問題ではなく、「福祉予算を措置費から外してもいいのか」という支援費制度の根幹に関わる問題だった、と言うのだ。
国の措置での福祉制度でも、当然ながら予算は組まれる。しかし当初見込みより受給者が増えれば、国からそれを補う補助金は出た。「それは、憲法に定められた国民の生存権を保障する措置制度だったから。でも支援費制度は措置ではなくなり、位置づけとしては公共道路建設と同レベルになった」
だから予算枠は厳密に守られ、あのホームヘルプ補助金の交付基準問題にもつながった。ゆえに、厚労省の「上限ではない」宣言は詭弁でしかあり得ない。その大きな流れを見ずして「上限」問題を語ると、厳密に限られたパイ(障害福祉予算)を障害者同士で取り合う隘路に追い込まれてゆく。
「そうして追い込まれるうち、障害者自身が『福祉財源を税に頼っていたら、こりゃ限界があるよなぁ』と痛感していく。それこそが厚労省の真の狙いだったのでは」と、小佐野さん。「そして障害者自身自らが、一見財源が潤沢そうに見える介護保険への統合を求めてくるよう、誘導されたように僕には見えてしまう」
今後、1月末の「合意」をもとに障害当事者を交えたホームヘルプの検討委員会がつくられていく。「その検討委員会がどんな委員構成となり、どれだけの権限をもたされ得るのか。単に『ご意見伺います』程度のものであれば、改めて運動を組まざるを得ない」と、益留さんはいま新たに語っている。
「上限撤廃」「合意成立」の、これが今の厳しい現実だ。
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