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介護保険下で起きているのはもはや福祉とはいえない状況。
公費負担を削減させず、公的責任を後退させない運動が必要です

話し手・伊藤周平さん

●介護保険導入で、高齢者のニーズが見えづらくなった

 介護保険が導入されて3年近くがたちました。しかし「介護の社会化」のかけ声とは裏腹に、要介護の高齢者の現状が「見えづらく」なる危機的状況になりつつあると思います。

  従来の措置制度下での高齢者福祉では、サービスの申し込み先は自治体でした。だから自治体は、例えば「施設入所の待機者がいま何人いる」かも、常に知り得たのです。

  しかし介護保険下では、サービスの利用希望者は各施設に申し込むので、自治体側で見えるのは施設利用者数だけ。利用待機者数やあきらめた人の数、つまり望みながらサービスを利用できていない人がどれだけいるかは、自治体がそれなりに集約の努力をしないかぎり、見えない仕組みです。

  しかも自治体は現在、急速に福祉から手を引きつつある。在宅サービス部門でも介護保険導入をきっかけに、多くの自治体では経費のかかる在宅サービス事業から手を引き、公務員(自治体職員)ヘルパーやソーシャルワーカーをリストラしました。実は、これは大変なことです。

  措置制度下では、たとえ高齢者本人が「福祉の世話にはならない」と言い張っても、明らかな困窮事例など命にかかわる場合にはソーシャルワーカーの職権でサービスを支給する例もありました。国民の命を守るのが、行政の役割でしたから。

  でも今は、行政の福祉機能が後退し、そんな事例を発見することすら難しくなりました。介護保険は自己責任の契約制度です。自己選択・自己決定できる高齢者が救われ、それができない人は切り捨てられる時代になったというわけです。

●介護保険でカバーされたのは、軽度で経済的余裕のある人たち

 このように実態が見えなくなった高齢者の世界でいま起きているのは、持たざる層への負担のしわ寄せです。

  今、各地で介護保険施設への入所待ち者数が増大しています。特別養護老人ホームの待機者数が、介護保険導入前の3倍に増えた例もあります。老人保健施設でも待機者が出ています。こんな状況では、「選択の自由」など絵に描いた餅です。

 では、なぜ介護保険で施設志向が強まったのでしょうか。主な原因として、重度の人や経済的余裕のない人の在宅介護が困難になったことがあります。

 介護保険は応益負担の制度なので、毎月の保険料とともに、サービスを利用した場合にはサービス費用の1割を支払わなければなりません。たとえ月5〜6万円の年金収入しかなくても、生活保護を受けていない限り、払う必要があります。

 しかも最も要介護度の重い(要介護度)5の人でも、在宅では月額36万円(自己負担3万6千円)の限度額を超えるサービスは全額自己負担となり、重度の人ならば介護に月数十万円以上かかりかねません。それが施設に入れば、概ね月額4〜5万円で済みます。施設志向が高まるのも、無理はありません。

  結局、介護保険の恩恵を受けているのは、障害が軽くて、ある程度経済的余裕がある在宅の高齢者たちでしょう。障害が重くて経済的余裕がない人は、負担が重過ぎて在宅生活が無理になりました。佐賀県では老老介護の夫妻が月数十万円の介護費用負担を苦に心中を図り、夫だけが生き残る悲惨な事件も起きています。

 かつての措置制度なら優先的に高齢者福祉の対象となり、自己負担も無くサービスを利用できた低所得の高齢者たちが今、切り捨てられています。起きているのは、もはや福祉とはとても言えない状況です。

●支援費制度で障害者が気をつけるべきことは

 では今春(2003年4月)からの支援費制度は、障害者にどんな影響をもたらすでしょうか。

 支援費制度は介護保険と違い財源が公費(税金)ですが、「措置から契約へ」「自己選択・自己決定」といううたい文句は介護保険と全く同じです。サービス申し込みの窓口は、自治体から各施設やサービス提供業者に変わります。ですから障害者の場合も、サービス利用の現状を行政が把握することが難しくなるでしょう。「新障害者プラン」の進捗状況が今後どれだけきちんと検証されるか、危うい気がします。

  障害者の中に、「まさか政府は私たち障害者を見捨てはしないだろう」と思われている方がいらっしゃるとしたら、それは甘い考えというしかありません。現に弱い立場の高齢者は介護保険のもとでは見殺しにされているし、その一方で厚労省は「(介護保険は)利用者の満足度が高い」と豪語しているのが現状ですから。

 厚労省の意図は、ともかく福祉予算の抑制・削減です。緊縮財政と構造改革のもと、介護保険も支援費制度も究極の目的はそこなのです。だからこそ介護保険をモデルにしたヘルパー利用の上限設定なども(その姿勢を事前に公表するか否かは別として)、当然出てくることが予想されていました。「自己選択・自己決定」などきれいな言葉に惑わされず、そうした事の本質を見据えておくべきですね。

 では、支援費制度が始まる今、障害者にできることは何か。「公的なサービスを増やせ」「サービス供給態勢を整えろ」と、とにかく地元の自治体に訴え続けることです。自治体が居宅サービスの指定事業者として残るよう、要求してゆくことですね。

 放っておけば、自治体はソーシャルワークやヘルパー派遣からどんどん撤退していきます。障害者が自治体に相談に行っても対応窓口がない時代が、すぐにやって来るでしょう。

 障害者の中には、自分でケアプランをつくり、サービスの調整やヘルパー派遣も自分たちでやれる方々もいらっしゃいます。当事者運動の成果なのだと思います。それは運動の大切な財産ですが、一方で行政がソーシャルワークやヘルパー派遣部門から撤退することを阻止しないと、自分でケアマネできない人、自分で介助者を探せない障害者が今後、大変な状況になるでしょう。

 自立生活運動等が盛んな都市部とは違い、地方に行けば行くほど、自立生活センターはおろか民間業者も、いや、行政ホームヘルパーすらいない、そんな地域はまだあるのです。

 そのように公的サービスが整備される道半ばで支援費制度に移り、公的責任の後退が起こってしまうと、自己主張できぬ障害者が人知れぬうちに見殺しにされかねません。実に危険な状況へ今、進みつつああります。

●障害者が、介護保険に? その結果はどうなる?

 以前より厚労省内には、いずれ障害者福祉も介護保険に統合し、一本化しようという意見があるようですが、これは障害者にとり大変なことです。何しろ障害者からも保険料と1割の利用者負担金を取ろうというのですから。

 介護保険に組み込まれると、サービス水準が従来低かった地方では、一見、サービス水準が上がったように見えるでしょう。しかしそれも自己負担分のお金を払えなければ使えませんし、地域に実際使えるサービスがなければ絵に描いた餅に過ぎません。

 一方、サービスがそれなりに充実していた地域では、最も重度の方でも月36万円という上限額があるので、これまで無料に近い負担額で24時間ホームヘルプサービスを利用し在宅で暮らしていた障害者は、施設へ入らざるをえなくなるでしょう。

  結局、介護保険下の高齢者と同様、障害が重く低所得の人から切り捨てられていくことになるでしょうし、最悪の場合、死人が出るかもしれません。

 介護保険が始まって以来、よく「お金を払うから、権利意識が芽生える」などと言われますが、困った風潮です。そうだとすれば、お金の払えない人は福祉の権利が無いということになります。

 そういう意味で、介護保険や支援費制度というのは、当事者を分断するうまい仕組みでもあります。恵まれた層は、行政の側に取り込まれて「よりよい支援費制度、よりよい介護保険にしよう」とがんばるのですが、一方で完全に忘れ去られる層がどうしても出てしまうのです。

  さらに介護保険下では、施設労働者やホームヘルパーのパート化、給料カットなど、働く側の労働条件もどんどん悪化しています。支援費制度も基本的に同じ仕組みなので、支援費導入を見込んで給料カットを始めた施設も既にあるくらいです。

  その結果起こるのは、施設側による障害者の選別です。重度の要介護障害者が在宅にはじき出され、孤独死するケースだって出てくるでしょう。

 しかもこうした事態をよほど意識的に鋭く追及しない限り、「支援費制度(介護保険)は利用者の満足度が高い」という厚労省の「大本営発表」に世の中が安心してしまいかねません。それほど実態が見えなくなるところに、これらの制度の怖さはあります。

 クライ話ですが、これが現実です。公費負担を削減させず、公的責任を後退させない運動が必要です。これをあらためて胆に銘じておくべきでしょう。

(伊藤周平さんのお話は以上です)

伊藤周平(いとう・しゅうへい)さん
プロフィール●1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。専攻は社会保障論、社会政策論。介護保険をはじめ日本の社会保障に関する具体的な政策研究から、ジェンダー論の視点による福祉国家の分析、比較研究に到るまで幅広い研究を行ない、論壇でも活躍。『介護保険を問いなおす』(ちくま新書)、『構造改革と社会保障〜介護保険から医療制度改革へ〜』(萌文社)など、著書多数。現在、九州大学大学院人間環境額研究院助教授。

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※03年1月執筆時点の原稿をそのまま掲載しています。
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