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いまの介護保険に障害者福祉を組み込まれたら、
障害者の生活は成り立たない。 500万人の障害者が
高齢者2000万人と協力して、当事者ニーズの反映を
話し手・中西正司さん
●「施設も、在宅も」では理念上、齟齬をきたす
厚生労働省は従来、「障害者の在宅生活を重視し、ホームヘルプサービスの利用に上限は設けない」という方針を貫いてきました。しかしその方針を覆し、利用時間数に「上限」を設ける方針を検討していることが、支援費制度実施直前の今月(2003年1月)になってわかったのです。
国が「上限何時間」などと言えば、市町村はそれに従い、結果として24時間要介護の障害者は地域で暮らせず、施設に戻るか死ぬかしかなくなります。私たちはこれに抗議し、命を賭けても阻止します。これはお金の問題なんかじゃない、命の問題です。
……という目下の大問題はさておき、ここで敢えて月刊誌のスローなテンポに合わせ、長い視野の話をします。
どんなに重度の障害者でも、自己選択・自己決定にもとづく自立した生活を、地域で送りたい。それが「施設から在宅へ」、つまり「脱施設」の視点です。この視点に立った「自立生活運動」の概念は、私たち障害当事者が自立生活センター(CIL)の活動を通じて日本社会へ初めて持ち込んだものと私は自負しています。
そしてこの「施設から在宅へ」という視点は、高齢者の介護保険や、今春から始まる障害者の支援費制度にも制度の骨格に一応組み込まれています。その点、今の福祉改編の流れはよい方向性にあると思うのです。
とはいえ日本の福祉政策は、介護保険であれ支援費制度であれ、いまだに「施設も、在宅も」の世界。でも、この二つを並行させれば理念上、必ず齟齬(そご)をきたします。生活のあらゆることを自分で選択し、自分で決定したいというのが当事者のニーズですが、施設はそれを容認しませんから。ですから当事者ニーズを認めるなら、施設は全て閉鎖すべき。それが理念的にも当然の潮流なのです。
●高齢者と障害者でユーザーユニオンを
現在、高齢者の介護保険は問題が山積みですが、それでも在宅サービスにお金が流れ始めたことで、曲がりなりにも在宅でのニーズ実態が少しは知られるようになりました。おかげで議論がグンと具体的になりました。
社会的議論にもなった「草抜きして」、「おせち料理をつくって」等々の個別ニーズは、高齢者が施設にいたり、または在宅で数時間のホームヘルパー派遣措置を受けていた時代には出てこなかった高齢者の生の声です。このように在宅サービスを行なうと、施設などでは押し殺されていた当事者ニーズも見えてくるのです。
しかし現状の介護保険は、残念ながらこの高齢者の声に応えていません。「ヘルパーに草抜きは頼むな、おせち料理も頼むな」というのです。高齢者は、トイレ介助は家族に頼めても、草抜きは頼めない。だからこそヘルパーにしてもらいたいのに、「ダメ」と言われる。これでは、使えば使うほど高齢者はおとしめられていくサービスではないですか。
そうではなくて、「高齢者になったらこんなに楽しく暮らせるんだ」とみんなが思える世界をつくりたい。いま、社会の閉塞感や絶望感は、老後の不安にこそあるのですから。
そのためにも日本の高齢者は、もっと権利意識を高めていただきたい。自立生活運動をしてきた私たち障害者と日本の高齢者とでは、実際、権利意識に30年ぐらい差があります。
そこで私たち障害者が自立生活運動を通じて培ったノウハウを高齢者に提供し、高齢者もNPOをつくり、自身のための介護をつくっていく手助けをしたい。そうすれば、いまよりもずっと安い単価で、望むサービスが受けられます。施設を廃止し、効率よい居宅サービスに切り替えれば、お金だって充分足りるんです。
今後は、精神障害者や知的・聴覚・視覚障害者、高齢者など当事者みずからがサービスをつくるユーザーユニオン的な運動の支援をしたいですね。
かねてより、やがては障害者の福祉制度も介護保険に統合される日がくるとうわさされています。しかし、いまのままの介護保険に統合されたら、障害者はたまったものでありません。
保険料とサービスの1割負担額を払わされた上で、これまでさまざまな介護ニーズを行政に認めさせてきた私たちの運動の成果が水泡に帰すような、ごく狭義の「介護」しか受け取れなくなるなんて……。ヘルパーの養成からアセスメント(要介護認定)、ケアマネジメントに到るまで、私たち当事者の自立生活運動がつくり上げてきた方法とはあまりにかけ離れた介護保険に組み込まれたら、障害者の生活は成り立ちません。
そんな危機感を抱きつつ、しかし障害者だけがよい介護を甘受できればよいとも、私には思えないのです。
500万人の障害者が高齢者2000万人と協力し、介護保険に当事者ニーズの視点を入れ、日本社会に新しい風を吹き込めれば――そんな展望をいま、私は持ち始めています。
(中西正司さんのお話は以上です)
中西正司(なかにし・しょうじ)さん
プロフィール●大学生であった1966年、事故で頚椎を損傷。以降6年間の在宅生活、2年間の施設生活などをへて、74年より東京都ケア付き住宅検討委員会委員を務める。83年に八王子へ転居、当事者主体の障害者団体「若駒の家」へ参加。86年に米国の自立生活センターを訪問、帰国後ヒューマンケア協会を設立、現在まで同代表。90〜97年DPI(障害者インターナショナル)日本会議議長、91〜95年全国自立生活センター協議会事務局長、現在は同代表。
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