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本人が望む場所で介護を受けられるよう支援すべき
施設職員も地域へ
話し手・飯野雄彦さん 聞き手・加藤薫
●現段階の支援費制度は、配管のない蛇口配り
――飯野さんが所長をつとめられる神奈川県横須賀市の「ゆう」は、重症心身障害者の方々が通う通所更生施設ですね。知的障害と重度身体障害を併せもつ方々と日々接される施設運営者の立場から、支援費制度をどう見ていますか。
飯野:従来、重度心身障害者(重心)の生活は、入所更生施設に入るか、通所施設に自宅から通うかといった、選択肢が極めて乏しいものでした。これらはつまり、水(介護などのサービス)が得られる水槽(施設)に障害者を集めるという発想です。でも今後は、(本人がそう望むなら)自宅で蛇口をひねれば必要な水を必要なとき必要なだけ得られるようにする、それこそが「ノーマライゼーション」であり、社会福祉基礎構造改革下での支援費制度なのだと理解しています。ですから、期待しています。
しかし、知的障害者や重心の方々へのこれまでの支援費制度移行経過を見る限りでは、これはどうやら水道の蛇口を配っただけ。水道管配備がまだですから、大半の地域では、配られた蛇口から水は出ません。それに肝心の貯水池(財源)も足りないようなのです。
支援費制度に関しては初めの段階から、従来より福祉予算を増やさない、「パイは増やさない」という大前提が役所間であったと囁かれています。支援費制度の「利用者本位のサービス提供」や「施設から地域へ」といった理念に本腰で取り組んだら、従来型福祉よりお金がかかるはずなのですが……。
●施設を地域ケアの核に。重心にも自立生活を
――支援費制度で施設が受ける影響は。また、重心の方々の今後は。
飯野:支援費制度での施設支援費は、利用者の障害の重さ(3つの障害程度区分)により異なってきます。ただしこの3区分では、知的障害と重い身体障害を併せ持つ重心の人のケアの特殊性が、今のところ十分顧みられていません。「ゆう」の場合、利用者全員が重心なので、この3区分だけでは厳しいですね。
そもそも障害者ケアの単価は、介護保険のもとでの高齢者ケアの単価よりも安いのが現状です。
とはいえ私は、施設に対する支援費の多少ばかりに目を向けるのもどうかと思っています。大切なのは、「本人支援」。本人が望む場所で望むだけの介護を受けられるべきなわけで、本人が家にいたければ、支援者が家へ行く。施設職員も地域へ出ていけばいいんです。
「ゆう」では現在、横須賀市の理解により、送迎や社会参加活動、居宅支援などに月500時間以上、スタッフを自薦ヘルパーとして派遣しています。今後はたとえ施設支援費が目減りしても、ホームヘルパー部門で採算を取れるような、「選ばれる」サービス事業者をめざしたいと思います。ただし支援費制度下で横須賀市がどこまでヘルパーの必要性を量的に認めるか、そこにかかっていますが……。
従来、知的障害者や重心の人たちがヘルパーを使いづらかったのは、家族以外に本人を見られる人がいなかったからです。それができる人材がいれば、本人も家族も安心して利用できるんですね。
こうして、うちのような通所施設や小規模作業所、デイ・サービスなどが施設の内外でのニーズに柔軟に対応していければ、重心の方たちにも地域で安心を提供できます。その結果、知的障害や重心の方たちにも地域での人生の可能性が見えてくると思うのです。ヘルパーの養成など、市町村の力量がまさに問われるところでしょう。
その上で今後ぜひ必要なのは、成年後見人制度の活用です。まだまだ活用が進んでいませんが、今後は財産管理に加え、本人の人生計画やケアマネジメントも含む後見人制度の確立が急務でしょう。
今回、支援費制度では、成人の障害者が受けた福祉サービスの自己負担額を決める際、主たる扶養義務者から親が外されました。成人後も親の付属的存在とされ、一人前と認められなかった知的障害者等の「本人支援」を確立していく上で大切な一歩だと思います。
さらに今後は「本人支援」を努力目標などに留めずに、アメリカのADA法(障害をもつアメリカ国民法)同様、市町村に対し年限を切って実現目標を立て、守れない場合の罰則をつけるぐらいの気概がほしい。そして居宅支援費も、従来の措置制度下の福祉予算と同様に義務的経費にし、必要分を確実に支出すべきだと思うのですが。
(飯野雄彦さんのお話は以上です)
飯野雄彦(いいの・かつひこ)さん
プロフィール●神奈川県横須賀市にある通所施設「ゆう」の施設長。重症心身障害児者の入所施設職員となったのを皮切りに、以降30年間、入所施設と通所施設、知的障害者施設と重症心身障害者施設などで働いてきた。
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