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地域生活を支えるサービスが不足するなかで、 話し手・小峰和守さん 聞き手・加藤薫 ●支援費制度の理念は絵に描いた餅になってしまった ――小峰さんが12年間暮らしている施設の同居者の方々は、支援費制度をどう受けとめていますか。 小峰:現在、施設に入っている私たち仲間の第一の心配点は、「ここを追い出されるのではないか」ということです。支援費制度のもとでは、障害を3区分に分類して一人一人の支援費が決められることになったので、障害が軽く判定され、支援費が安くされると施設に居づらくなると心配しているわけです。所長さんからは「そんなことはないし、させない」と言われても、やはり行く末が心配なんですよ。 また、厚労省の資料には施設居住者が3ヶ月以上(他病院へ)入院すると、今後はそれが施設を退所させられる理由になることを匂わせるような部分があり、その点も私たち居住者は心配しています。 例えば頚椎や脊椎を損傷すると、感覚を失っている背中や腰などに褥瘡(じょくそう=床ずれ)ができやすいのです。私もそうです。その治療で数ヶ月入院を余儀なくされることもあります。その間、たしかに施設の部屋は空いてしまいますが……。職員と長年の試行錯誤のすえつくりあげてきた介護方法や介護体制、そして生活基盤までを、治療のために一挙に失わねばならないのではあまりに過酷だし、退所させた人の支援体制を再構築するのは余計に大変な手間だと思うのですが。 「施設は、入った日から出たかった」。これは、ある施設居住者の名言です。私を含め多くの居住者は、実はできることなら住み慣れた地域で暮らしたい。でも、地域には介護をはじめとする障害者を支えるサービスが不十分で、家族に過重な負担がかかる。それで仕方なく施設に暮らしているのです。 一方で全国には、療護施設への入所を希望して空きを待っている障害者が3600人余りいるそうです。このことでもわかるように、地域社会に障害者を支えるサービスが不十分な今の社会では、こと療護施設というところに市場原理とか競争原理は成り立ち得ません。サービスの評判が悪い施設でも、お客は引きも切らずなのですから。もちろん志の高いよい施設もありますが、それでもスタッフの数には限界があり、入居者のニーズが「わがまま」とされがちでした。 今度の支援費制度では、「サービスの利用者と提供者の間の対等な関係での契約」や「施設から地域へ」をうたってはいますが、入所待機者が3600人いる現実への処方箋はないままで、これはまさに絵に描いた餅。施設側の自浄作用に期待するのも無理でしょうね。 ●施設を「終着駅」から「乗り換え駅」に! 小峰:とはいえ私は、その3600人分の施設を新設すれば事が済むとは思いません。むしろ、現在の施設居住者が施設から出てゆけるだけの体制を地域に整えることで、現在の施設入居者たちの相当部分が地域暮らしへ移行し、一方でほんとうに施設に暮らしたい人たちこそが、自分に合ったよい施設を選んで自らの意志で契約してゆく、そんな本来あるべき状態に移行していくことを望んでいます。そうすれば、真の意味で施設にも競争原理や自浄作用も働くでしょう。 この「施設から地域へ」を実現させるには、地域サービスの拡大のみならず、施設の中でも居住者へ向け多くのサポートが必要です。施設を「終着駅」とするよりも、「乗り換え駅」とし、居住者が施設から「途中下車」できるようにするほうが、実は多大な労力がかかります。 しかし施設は今、職員不足です。私が参加している療護施設自治会の全国ネットでは昨年、全国の療護施設居住者にアンケートを行ないました。そこでも居住者が望む施設の改善点では「職員の数」がダントツ第一位。経費節減のため常勤職員カットで非常勤職員が増え、ケアの質も低下しています。 施設内の生活を維持するだけでも人手が足りない現状なのに、厚労省は支援費制度下でもこれまでどおり「利用者2.2人に職員1人」の配置基準で行くとしています。施設の入居者が地域に「途中下車」した場合、支援費制度では施設に「退所時特別支援加算」が払われるそうですが、金額はわずか1万700円。これで、目前の仕事に忙殺されている職員にどうやって地域移行プログラムまでやれというのでしょう。状況が厳しいだけに、今後はこれまで以上に、施設長の資質いかんで居住者運命の明暗が分かれかねませんね。 これからの流れは不透明ですが、いずれにせよ施設に暮らす私たちが、まずは施設での充実した生活をめざし、私たちのニーズを単なる「わがまま」と扱われたままで終わらせない苦情解決制度をしっかりつくることが大切です。 「施設から地域へ」向かう上で必要な「生きる力」を自分につけられるようなサポートを、施設の中できちんと要求していく。脳性マヒなど生来の障害者と、私のような中途障害者では、地域で暮らすために必要な準備も全く違いますからね。そして施設内だけではなく周囲の施設や地域社会にも情報を共有していく必要があります。 そうしなければ、施設に暮らす障害者の生きる力は後退し、施設はいつまでも「終(つい)の棲家(すみか)」であり続けるでしょう。それにしても、少しずつ「ノーマライゼーション」の理念が社会に理解されつつある時代に、支援費制度はなぜこんな方向性をとるのか、解せませんね。 (小峰和守さんのお話は以上です) 小峰和守(こみね・かずもり)さん |
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| ※02年11月執筆時点の原稿をそのまま掲載しています。 | ||||
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