File No.22
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ブルー・ジェイ
ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ

BLUE JAYS (JUSTIN HAYWARD & JOHN LODGE)
1975年作品

「イヤー・オブ・ザ・キャット」ジャケ写

 

最もムーディー・ブルースっぽい“スピンオフ”作。
まったり極甘、メルヘン・プログレの決定版。

 歴史的な評価というものは、非常に厄介な代物だ。それは、評価する時点での価値観や時代のムードなどで、得てして評価が定まりがちな傾向があると思えるからだ。

 例えば、非常に発言力のある人が「あれは素晴らしかった」と言い、それをマスメディアが華々しく取り上げれば、たとえ当時の評価が低くても、後々まで伝説として語り継がれていくことになる。その逆もあるわけで、当時の評価がどれだけ高かろうが、辛抱強く賞賛し続ける語り部がいなければ、かつての評価さえ、なき物になってしまうのだ。

 ムーディー・ブルースも、語り部不在のなかで、当時の評価が低められてしまったバンドの一つだと、僕には思える。70年代の初期、多くのロックファンが夢中になったプログレ=プログレッシブ・ロックの世界で、代表的なバンドといえば、ピンク・フロイド、エマーソン・レイク&パーマー(EL&P)、イエス、キング・クリムゾン、そしてムーディー・ブルースが5大バンドを構成していたと僕自身は理解している。

 例えば、今は亡きロック雑誌「ミュージック・ライフ」誌の1972年度の人気投票によれば、プログレのカテゴリーに該当するバンドでは、ピンク・フロイド、EL&Pに次ぐ人気を誇っていた。しかし34年が経過した2006年、雑誌「大人のロック!」に掲載された「プログレ番付」では、何とまあ、ベスト10からも漏れてしまい、12位に甘んじている。歴史というのは本当に残酷だと思う。

 このことは、おそらく、粘着性ではない=マニア性の少ない音楽ファンが、ムーディー・ブルースのファン層を構成していた証でもある、と読み取れる。僕個人の印象としても、彼らのファンは、その他のプログレファンとは、微妙に趣が異なっていたように思う。

 分かりやすく具体的に言えば、主たるファン層は、クラスの中でも目立たない文学少女系であり、昔で言えば大林宣彦の映画、最近で言えば岩井俊二の映画に登場しそうな、寡黙で夢見がちな少女たちである。実際にそのような少女たちがファンを構成していたかどうかはともかく、ムーディー・ブルースのファンと言えば、そんなイメージがするのだ。

 青春時代に、多くの人が一度は通過する“微熱な”時代に、夢想を助ける小道具として、ムーディー・ブルースは愛されていた、というのが僕なりの見方だ。それゆえ、大人になったファンたちは、ムーディー・ブルースを卒業していく。青春の悶々の時代に、さんざんお世話になったことも忘れて、だ。リスナー自身の精神的な成長とともに忘れられる宿命を負ったバンド、と言い換えてもいいかもしれない。

 多くのプログレバンドは、登場したばかりのムーグシンセサイザーという電子楽器をサウンドの要として用いるとともに、実験的な試みを数々採り入れ、それゆえに「先進的な未来の音楽=プログレッシブロック」という形容が用いられたわけだが、ムーディー・ブルースの音楽的特徴を構成しているのは、一見シンセサイザーにも似た印象がある、とってもアナログな楽器「メロトロン」を用いた点にある。

 メロトロンについてはWikipediaにも詳しく載っているので、詳述は避けるが、彼らはもっぱらクラシカルな音色(オーケストラ、合唱声など)をサンプリングして使っていたと思われ、電子音とは明らかに異なる、どこかしら暖かみのあるサウンドを醸し出していた。そこに、甘いメロディと甘いボーカル、多重録音のコーラスが絡み合い、しかもジャケットデザインは童話風である。ムーディー・ブルース特有のメルヘンのような世界観は、こうして構築されたのである。

 このような世界観と見事なまでにリンクしていた雑誌に、1973年創刊の雑誌「詩とメルヘン」があった。まだ「アンパンマン」を手がける前の、無名時代のやなせたかし氏が編集長を務め、まだキティちゃんが登場する前のサンリオ出版から発行された雑誌である。アンパンマン、キティちゃん、などといったキーワードから、お子ちゃま向けの雑誌と思われるかもしれないが、少なくとも当時は、夢見がちなハイティーン向けの文学雑誌という趣を辛くも漂わせていた。恥ずかしながら、僕も数年間は定期購読者で、「詩芸術」という本格派の文学雑誌とともに、何度か詩を投稿したこともあった。

 勝手な想像を交えれば、おそらく「詩とメルヘン」の読者と、ムーディー・ブルースのファンは、意外と高い確率で重なり合っていたのではないかと思う。どちらかといえば筋肉質の男どもや理数系の男どもが熱狂したであろうプログレバンドと比べれば、明らかに異質なのである。それゆえ、少なくとも男子の間では「ムーディー・ブルースが好き」などと口が裂けても言えないような雰囲気があった。そんなことを言おうものなら「ナヨナヨ君」のレッテルを貼られて小馬鹿にされてしまうからだ。

 ちなみに、ムーディー・ブルースの名誉のために記しておくと、彼らのアルバムのうち、メルヘン路線に転じた1967年から1972年までに発表したアルバム7作品は、全英ベスト10入りが6作品(うち4作品は全英1位)、全米ベスト10入りが4作品(うち1作品は全米1位)を記録しており、他のプログレバンドと比べても全く遜色ない売れ行きを示したことだけは、声を大にして言っておきたい。

 何はともあれ、ムーディー・ブルースは、再び開いて見ることがない青春時代の日記のように、押し入れの奥に追いやられたバンドになった。そんなムーディー・ブルースが72年のアルバム「セブンス・ソジャーン」発表後に一時的に解散状態になり、メンバーが個々に活動を始めた時期があることを、覚えている人はますます少なかろうと思う。

 僕が把握している限り、個々の活動によるアルバムのうち日本で70年代に発売されたものには、以下の作品があった(たぶん漏れはあると思うが)。
●ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジ「ブルー・ジェイ」(75年作)
●ジャスティン・ヘイワード「ソングライター」(77年作)
●ジョン・ロッジ「ナチュラル・アヴェニュー」(77年作)
●レイ・トーマス「樫の木のファンタジー」(75年作)
●レイ・トーマス「希望、願い、そして夢」(76年作)
●マイケル・ピンダー「約束(愛の音楽)」(76年作)
●グレアム・エッジ・バンド「パラダイス・ボウルルーム」(77年作)

 このなかでも極上の完成度を見せていたのが、今回紹介する「ブルー・ジェイ」である。ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジという、バンドを支える屋台骨のメンバー2人(ともにギタリスト)がタッグを組んだ最初で最後のアルバムで、皮肉なことにと言うべきか、最もムーディー・ブルースを象徴するような出来映えなのだ。

 メルヘン路線とは言いつつもダークな部分やノイジーな部分も時折あったムーディー・ブルースとは異なり、スープの濁りをすべて取り去ったかのような純メルヘンサウンド。ムーディー・ブルースを特徴づけていたはずのメロトロンの代わりに本物のオーケストラを使い、全編、壮大なメルヘン叙事詩ともいえる作品である。

 何しろ、甘い。とにかく濃厚に甘い。おまけに優しい。この極上ケーキのような作品を、満面の笑みをたたえて頬張れるのは、やっぱり思春期の少女たち、もしくは良くも悪くも思春期の少女たちのような感性を持った男(例えば僕=苦笑)くらいだろうと思う。

 当時のアナログ盤の解説によると、「ブルー・ジェイ」の発売にあたっては、カーネギーホール貸し切りで4チャンネルステレオによる試聴会が開かれたという。前代未聞の試聴会で話題を集めたもののセールス的には、全英4位、全米16位どまりで、それ以前のムーディー・ブルース名義のアルバムを上回ることはできなかった。これが、2人によるコンビ2作目につながらなかった理由かどうかは、よく分からないのだが……。

 プログレバンドとして忘れ去られたムーディー・ブルース、そしてムーディー・ブルースの歴史のなかでも忘れ去られてしまった、主要メンバー2人による“スピンオフ”アルバム「ブルー・ジェイ」、しかし最もムーディー・ブルースらしさが満開したアルバム「ブルー・ジェイ」。僕にとっては愛しくて愛しくてたまらないこの作品を、「隠れ名盤 世界遺産」に登録したい。

今でも鑑賞に耐える ★★★★
歴史的な価値がある ★★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★

●この作品を手に入れるには……アナログ盤は中古で時折、安値で売られている。国内盤CDは91年に発売されたあと品切れのまま。輸入盤CDでいいなら、安価で入手は可能。CDではボーナストラックが1曲加わっている。
ちなみに、国内盤CDのアルバムタイトルは、「ブルー・ジェイ」ではなく原題に近い「ブルー・ジェイズ」に変更されたようだ。また個々の楽曲のタイトルも、半分以上は最初のアナログ盤とは異なっている。ややこしい。



ムーディー・ブルースについて、さらに情報収集するには

●The Moody Blues公式サイト
http://www.moodyblues.co.uk/

●英語版Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Moody_Blues

 
【世界遺産登録 09年10月17日】
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