File No.19
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テキーラ・モッキンバード
ラムゼイ・ルイス

TEQUILA MOCKINGBIRD(RAMSEY LEWIS)1977年作品

 

たとえ「時代のあだ花」「節操がない」と言われようと
フュージョンが輝いていたことを証明する快楽作

 ラムゼイ・ルイスの便りを、ここのところ、とんと聞かない。70年代の後半、定期購読していた雑誌『ADLIB』では頻繁に登場していたと記憶しているフージョンクロスオーバー界の大物だと言うのに、まったく寂しい限りである。間もなくブルーノート公演で11年ぶりに来日するようだが、トリオとしての来日であり、恐らく先祖返りのど真ん中ジャズを演るのだろう。

 当コーナーでたびたびフュージョンについては触れてきたので、重複は避けるが、要は耳馴染みのいいポップなジャズを指すカテゴリー名称である。最近では、スムーズジャズ(聴きやすいジャズ)という言い方も一般的なようだ。

 かつて70年代後半の約5年間ほどは、「ネコもシャクシも」「雨後のタケノコのように」といった古めかしい形容がピッタリなほどに、正統派ジャズのミュージシャンが、こぞってフュージョン分野に進出。直球ど真ん中のジャズを支持してきたファンからは、「お前もジャズを捨てたのか」「軟弱な方向に進みやがって」「商業主義への迎合だ」などと、白い目で見られたものである。

 過日、08年度のグラミー賞(ベストアルバム賞)を受賞したハービー・ハンコックも、今は亡きマイルス・デイビスも、音楽界に君臨するクインシー・ジョーンズも、上原ひろみとの共演が話題になっているチック・コリアも、後のフュージョン時代の到来を引率したという意味では、おおむね同類ではある。80年代に入って以降、多くは徐々に本来のスタイルへ回帰していくが、当時はそういう時代のムードだったからアーティストを責めるのは酷と言うものだろう。

 個人的には、最もジャズ(ジャズ的なものを含む)を聴いたのは、この時代だった。ジョージ・ベンソン、アール・クルー、ラリー・カールトン、リー・リトナー、ブレッカー・ブラザーズ、フレディ・ハバード、デヴィッド・サンボーン、チャック・マンジョーネ、ボビー・ハンフリー、ノエル・ポインター、デオ・ダート、ボブ・ジェームス、ロニー・リストン・スミス、スタッフ、クルセイダーズ、シーウィンド、ステップス……。

 かつては有名だったこれらのアーティストのなかで、今も活動を続けているバンド、第一線で活躍している人は数少ない。いずれ改めて別途に取り上げるかも知れないが、これらのアーティストの作品は、隠れ名盤の宝庫である。とくに先祖返りを果たした正統派アーティストは、当時の「時代のあだ花」のような作品を封印したがっているようで(少なくとも僕にはそう見える)、CD化されていないものも数多い。

 ラムゼイ・ルイスも、そんなミュージシャンの1人である。ただ、流行に合わせてフュージョン分野に参入してきたミュージシャンと少し毛色が異なるのは、けっこう早い時期からファンクでポップな路線を志向していた点である。彼の60年代以降の作品を、ラムゼイ・ルイス・トリオ時代を含め、長い時間をかけてコツコツと収集してきたが、彼らの名前を知らしめた1965年の「ジ・イン・クラウド」(グラミー賞受賞作)でも、その傾向が早くも現れている。

 フュージョン分野の台頭を告げるパイオニア的な作品となったのは、74年の「太陽の女神(Sun Goddess)」だろう。かねてから親交があり、60年代後半には一緒にプレイした仲間でもあったモーリス・ホワイトがプロデュースした作品で、ジャズ・ファンクの記念碑的な作品とされる。

 モーリス・ホワイトは、改めて言うまでもなくアース・ウィンド&ファイアー(以下、EW&F)のリーダーである。同作品にはEW&Fも参加しており、ラムゼイ・ルイスとEW&Fの蜜月関係はしばし続いていくことになる。とくに76年の「サロンゴ(Salongo)」は、EW&Fの匂いがプンプンするラムゼイ・ルイスのソロアルバムとして傑出した出来映えとなっており、ラムゼイ・ルイスの楽曲も含まれているEW&Fの75年の名作ライブ盤「灼熱の饗宴(Gratitude)」ともども、強烈な印象を受けたものだ。

 これ以降、ラムゼイ・ルイス自身はファンク色を抑えめにしたアダルトポップや、都会的センスのスムーズジャズ路線へと移行。EW&Fはブラコンからディスコ路線へとなだれ込み、徐々に色合いが分かれていくことになるわけだが……そんな時代、1977年に発表されたのが、今回取り上げる「テキーラ・モッキンバード」である。

 トリオ時代、ソロ時代、アーバンナイツ(Urban Knights)時代などすべてを含めたラムゼイ・ルイスの歴代ディスコグラフィは、ベスト盤を含めて85作品もあるという。このうち僕は20作品近くを聴いてきたけれど、その中でいちばんツボにはまったのが、この「テキーラ・モッキンバード」である。それは、最もメロディアスで、ポップで、とても気持ちよさが味わえる作品だからだ。

 全米ジャズチャートで最高3位を記録したようだが、まあハッキリ言ってジャズというよりも、イージーリスニングの類である。仕事しながら鳴らしっぱなしにするには最適であり、オシャレなお店では最適なBGMとなろう。本格派のジャズファンから見れば、おそらくクズのような作品とレッテルが貼られるだろうし、評論家選出によるジャズ100選などで、この作品がラインアップされるとは、到底思えない。

 だが、この際、音楽性が高いか低いかは、どーでもいい。アルバム作品として、2000円なにがしに見合う商品価値があるかどうかで判断すれば、僕は明らかに価値のある作品だと思う。安易な快楽主義に徹するならば、間違いなく名盤の1つ、ということである。

 頑なな姿勢のジャズファンが多そうな日本で、ラムゼイ・ルイスは非常に売りにくいアーティストになってしまった。日本のアマゾンで検索してみると、品揃えが非常に乏しく在庫切れのオンパレードで、かつてのフュージョンブームの立役者の1人とはとても思えない惨状だ。ロックの分野なら、ニッチなアーティストの作品も次々と紙ジャケ再発売されるというのに、そしてフュージョン名盤の紙ジャケ化も一部ではなされているというのに、ラムゼイ・ルイスはカヤの外である。

 米国ではさすがに、最近の作品も数々リリースされている。一定の固定ファンを獲得しているのだろう。だが、その米国ですら、極上の気持ちよさが得られる「テキーラ・モッキンバード」は品揃えから漏れている。たとえ時代のあだ花であろうと、商業主義にすり寄った節操のない作品であろうが、この作品を愛おしく思うファンは少なからずいる。そんなごくごく一部のファンの声を代弁しつつ、「隠れ名盤 世界遺産」に登録することにした音楽に貴賤など、あってたまるものか、だ。

今でも鑑賞に耐える ★★★★
歴史的な価値がある ★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★★

●この作品を手に入れるには……CD化されたが、在庫切れになっているようだ。中古レコード店かオークションなら手に入るかもしれないが、輸入盤中古でも4000円以上の高値がつき始めている。iTunes Storeでも現時点で品揃えなし。



ラムゼイ・ルイスについて、さらに情報収集するには

●ラムゼイ・ルイス公式サイト
http://www.ramseylewis.com/

●英語版Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Ramsey_Lewis

 
【世界遺産登録 08年05月30日】
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