File No.17
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黄昏のマンハッタン
マンハッタンズ

IT FEELS SO GOOD (THE MANHATTANS)1977年作品

 

星の数ほど存在したソウルコーラスグループのなかでも
確信犯的なまでに甘ったるい、こってりムードソウル。

 泥臭くて、汗臭くて、塩っ辛くて、あっついディープソウルを、以前賞賛させてもらったが、これとは対照的な、都会的で、オシャレで、甘くて、軽やかなソウルミュージックもまた、僕の大好物である。

 かつて1970年代半ばごろ、ソウルコーラスグループが星の数ほど、チャートを賑わせた時代がある。最近もディナーショーで時々来日しているらしいスタイリスティックスや、歌謡曲「にがい涙」(安井かずみ・作詞、筒美京平・作曲)を「夜のヒットスタジオ」で歌ったこともあるスリー・ディグリーズなどは、日本の洋楽市場でシングルヒットを連発した代表格と言えるだろう。

 当時このほかにも、単発ヒットや小粒ヒットの連発を残したバラード系のソウルコーラスグループが、数々あった。スピナーズ、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、シャイ・ライツ、ハロルド・メルビン&ザ・ブルー・ノーツ、ドラマティクス、などなどである。これにディスコヒット中心のコーラスグループやファンク系のグループも加えると、もう膨大な数になる。

 これらのアーティストは、当時、関西では深夜に時々放映されていた「Soul Train」で観ることができた。大半は口パクのパフォーマンスだったが、動いている姿を観ることができるだけで、貴重な番組だった。僕はテレビにかじりつくようにして見ていたが、甘い雰囲気のバラードソングでは、たいてい暗めの照明のチークタイムになった。腰をくねらせ、身体を密着させながら踊る黒人カップルにはドキドキさせられ、同じく深夜に親の目を盗んで見ていた「11PM」と同じくらいのトキメキを感じたものだ。

 先に挙げたグループはいずれもお気に入りだが、なかでも特別好んだのが、マンハッタンズだった。そして、マンハッタンズの作品のなかでも、特別好んだアルバムが、今回紹介する「黄昏のマンハッタン」である。

 このアルバムの最大の魅力は、これでもか、これでもかと、あくどいまでの、こってり大甘スイートソウルを満載したところにある。なかでも、多くの楽曲に挿入されているベッドトーク風のセリフは、期待通りの内容で、例えば1曲目の「愛の分かれ道」の出だしのセリフは、こんな感じである。

 「キミがいなくなってから、僕は空虚で悲しい日々を過ごしているんだ。キミが受け取ってくれないと分かっていながら、僕はキミに手紙を書いているんだよ。でも、僕はキミを失ってしまったんだよね。僕はこれから、一人で生きていくんだよね。独り言を呟きながら独り寝するんだよね。だって、もう、キミはここにはいないのだから……」

 筆者の拙い英語力を駆使したかなりの意訳ではあるが、まあ、こんな感じでセリフが入り、とろけるようなハーモニーを伴ったバラードが始まる。バックは、フィラデルフィア風の心地よいそよ風サウンドで、おまけに、どれも捨て曲なしの粒ぞろいな楽曲なのだから、たまらない。僕が女性であれば、メロメロにとろけていただろうと思う。明らかな確信犯だ。

 マンハッタンズは60年代半ばごろから活動を始めたようで、他のソウルコーラスグループより比較的少ないとは言え、幾たびかのメンバーチェンジをしている。60年代当時はドゥー・ワップ風のヒップの効いたナンバーも歌ったと思われるが、前作のアルバム「涙の口づけ」(76年)あたりから、メロウでムーディーな路線を確立。奥様キラーのコーラスグループとして不動の地位を築いた。

 最近の音楽をお聴きの方なら、「甘い雰囲気のコーラスグループなんて、ぜんぜん珍しくない」と仰るかもしれない。確かに、邦楽ならゴスペラーズ、洋楽ならボーイズIIメン、といったあたりには、かつてのソウルコーラスグループの影響が感じられる。甘いボーカルを得意とするソロアーティストなら、Ne-Yo、シール、ジョーあたりも、なかなか良い雰囲気を醸している。これらも嫌いではないが、歌声もサウンドもシュガーレス系というか、官能的な部分が薄くて、どうも物足りなく感じられてしまうのだ

 砂糖控えめのヘルシーな音楽も悪くはないが、たまには生クリームたっぷり・砂糖こってりの、毒々しいまでに甘いケーキを頬張りたくなるのが欲深い人間の性(さが)というもの。そんな願いを叶えてくれるマンハッタンズの「黄昏のマンハッタン」は、今となっては貴重な作品となった。

 彼らのアルバムは、全米で最大のシングルヒットとなった「涙の口づけ」を含む同名アルバムなど、一部を除いて大半がCD化されていない。アルバム「涙の口づけ」で確立した官能路線をさらに追求した「黄昏のマンハッタン」の未CD化は極めて残念である。そこで、これを「隠れ名盤 世界遺産」に登録することにした。

 彼らは80年にシングル「夢のシャイニング・スター」のヒットも飛ばしており、ベスト盤に触手を伸ばす人も多かろうが、機会があれば、ぜひとも「黄昏のマンハッタン」の甘ったるい世界も、堪能していただきたい。とくに、流行り始めたディスコに出かけ、今の伴侶とチークタイムで愛を深めあったカップルにとっては、我が世の春を思い出す契機となろう。個人的には、指をくわえて見るしかなかったチークタイムなんて、くそくらえではあったが。

今でも鑑賞に耐える ★★★★
歴史的な価値がある ★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★

●この作品を手に入れるには……CD化された形跡はなく、日本はおろか米国アマゾンでも在庫なし。オークションサイトで、時折、アナログ盤が二束三文で売られている。



マンハッタンズについて、さらに情報収集するには

●The Manhattans公式サイト(か?)
http://www.themanhattans.net/

●英語版Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Manhattans

 
【世界遺産登録 08年02月19日】
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