File No.13
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ギリシャの神々(エニア)
(チェイス)

ENNEA(CHASE)
1972年作品

「ライヴ・アット・ジ・オペラ・ハウス」ジャケ写

 

没後32年、天に召した“トランペットの神様のロック遺作、
めくるめく高音トランペットの洪水に身を任せよ。

 チェイスというバンドが、どうしても忘れられない。一般的には、BS&T(ブラッド・スウェット&ティアーズ)やシカゴに続いて注目を浴びたブラスロックバンドという認識が定着しているが、僕にとっては、チェイスだけが特別な存在だ。

 BS&Tは1968年にデビューして69年に「スピニング・ホイール」の大ヒットを世に出し、シカゴは1969年にデビューして70年の大ヒット曲「長い夜」で一躍メジャーなバンドにのし上がった。一方、チェイスは1971年のデビューだから、確かに順番としては「BS&Tやシカゴに続いて」に違いないのだが、これらが「管楽器を採り入れたロックバンド」とすれば、チェイスは「管楽器そのものを前面に押し出した正真正銘のブラスロックバンド」と言って差し支えない。

 最近の音楽ファンにとっては、バンド編成に管楽器が入ることに特別な驚きなど何もないと思うが、当時、管楽器はリズム&ブルースやジャズで使う楽器というイメージが強く、ロックバンドで管楽器のホーンセクションが入るのは極めて異例だった。しかもチェイスの場合は、ホーンセクションとしてジャズのビッグバンドと同等に4人(今回紹介しているアルバムでは5人)も入っていて、一般的なロックにおけるギターのような要の役割を担っていた。

 リーダーを務めるビル・チェイスのトランペットは、夜空を釘刺すような鋭いハイノート(高音)な音色が特色。ブラスバンドに関心のある人間にとって、ビルが使ったマウスピース(トランペットにつけるアタッチメント)は今でも垂涎の代物で、「チェイスモデル」とも呼ばれているらしい。

 僕にとってチェイスが特別な存在だったのは、初めて見に行ったロックコンサートが彼らだった、という部分も大きい。時は1972年4月。まだ中学3年生になったばかりのガキだったが、親に黙って行ったのか、一応の断りを得たのか、いずれにしてもたった1人で会場に行った。場所は、確か大阪府立体育館だったと思う。ロックコンサートなど珍しかった時代で、凝った演出は何もなく、体育館の凡庸な照明のなかで行われたような気もする。座席もステージを真横から見るような、今ならスピーカーがうず高く積まれる位置だったような記憶もチラリ。

 何しろコンサートそのものが初めてだったし、周囲は年上のお兄さんたちばかり。中学生のガキが1人で来ること自体、かなり珍しかったはずで(厳密に言うと、校則違反だったろう)、彼らの演奏がどうだったとか、曲がどうだったか、といった冷静な観察ができる能力は持ち合わせていなかった。たぶん、思っていたよりもジャズ色が強くて、少々戸惑っていたかもしれない。ただ、ビル・チェイスのエネルギッシュなトランペットが会場に轟いていたことだけは、記憶に刻まれている。デビューアルバム「追跡」のオープニングを飾る「オープン・アップ・ワイド」が1曲目だったろうか

 ビル・チェイスというトランペッターは、決して駆け出しのミュージシャンではない。デビュー当時すでに齢は30代後半に入っており、ビッグバンド系のジャズ楽団で経験を積んでいた。「ロッキーのテーマ」でお馴染みのメイナード・ファーガソン(彼もハイノートだった)の楽団に在籍していたこともある。

 ジャズ畑のど真ん中にいたビルが、何故にロックへのアプローチを志したのか。アルバム「追跡」のライナーノーツ(執筆/岩浪洋三)によれば、ビルは「ビートルズを聴いてからロックに興味を持った」らしく、「(ビッグバンドジャズの)時代よりずっと多くの自由が与えられているから」今の自分の音楽には十分満足しているのだという。なるほど、大編成となるビッグバンドジャズは、確かに約束事も多いだろうから、ロックの方がのびのび自由に音作りができると考えたのも頷けよう。

 それにしてもデビューシングル「黒い炎」のインパクトは絶大だった。原題「Get it on」と称するこの曲は全米で71年の夏に大ヒット、翌年度のグラミー賞にもノミネートされた。英国のグラムロックバンド、Tレックスも同じ頃に「Get it on」という曲で全米市場に進出を期していたが、チェイスのヒットであおりを食らい、全米では「Bang a gong(Get it on)」というタイトルに変更してリリースせざるを得なかったのは、あまりに有名な話だ。

 さて、華々しいデビューを飾った彼らは翌72年、今回取り上げる2ndアルバム「ギリシャの神々(エニア)」を発表した。このアルバムは、ちょうど「黒い炎」が全米で大ヒットし、大喝采を浴び始めた頃にレコーディングが始まっていた作品だ。確か日本では、来日直前にリリース(同アルバムからの唯一のシングルカット曲「光ある世界」もほぼ同時にリリース)されたと思うが、ブラスロックを基調にしつつ、後のクロスオーバー(フュージョン)への系譜も感じさせる仕上がりとなっている

 実は長い間、僕は勘違いをしていて、チェイスはこの2枚だけを残し、1974年の悲しい出来事に至ったのだと思っていたが、最近になって74年に3rdアルバム「復活(原題:Pure Music)」を出していたことを不意に思い出した。あれこれ手を尽くして「復活」を手に入れ、聴いてみたところ、確かに聞き覚えがある。たぶんFMでエアチェックなどをして試聴し、少しばかり落胆して購入しなかったのだろう。

 というのも、3rdアルバムではビル・チェイス以下、メンバー全員の顔ぶれが一変。シングルヒット狙いのキャッチーな曲はすっかり影を潜めて、全体のサウンドもジャズ色がぐんと強まっていた。エレクトリック・サウンドを採り入れたマイルス・デイビスのサウンドを「ブラスロック」とは呼びにくいように、「復活」も「ブラスロック」の範疇には入れがたい作品だ。

 先に「1974年の悲しい出来事」と意味深な言い方をしたが、この「復活」をリリースして間もなく、チェイスは短いバンドヒストリーに突然幕を下ろしている。74年8月9日のこと、ビルと主要メンバー3人を乗せた飛行機が激しい嵐に遭遇して墜落し、4人が還らぬ人となったのである。ビルは享年39歳、チェイスがデビューして、わずか3年後のことであった。

 3rdアルバム「復活」で再びジャズへの先祖帰りをした真の意味合いは、ビルが亡くなってしまったこともあって、結局のところ、よくわからない。ジャズよりも自由度が高いと思っていたロックの世界で窮屈な思いをしたのかもしれないし、1stアルバム「追跡」に対して想像以上の高い評価を受けたことで重圧がのしかかり、流行音楽に背を向けたのかもしれない。あるいは、そんなことには我感せず、新しいサウンドへの挑戦を試みた結果だったのかもしれない。事実、「復活」ではシンセサイザーなどキーボードがサウンドの要を担い始めており、新しい進化と受け取れる部分もある。

 ともあれ、“ブラスロックのチェイス”としては、「ギリシャの神々(エニア)」が最後の作品と表現して差し支えはないだろう。内容的には、すでにふれたように1stアルバムの「追跡」よりもポップ感をおさえ、B面すべてを20分超の組曲に割いており、プログレッシブロック的なアプローチも垣間見せている。

 コンピレーションアルバムとして評判を呼んだ「僕たちの洋楽ヒット」シリーズでは、「同 vol.4 1970〜71」と「同 ベスト・オブ・70's 1970〜79」にシングルヒット曲「黒い炎」が収められており、たぶんこの曲は後々まで伝承されていくだろう。デビューアルバム「追跡」もCDとして何度も再発売されており、中古市場でも見つけやすい。だが、ブラスロックの王道を行くアルバムとしては最後になってしまった「ギリシャの神々(エニア)」は、CD化されることもなく、このまま埋もれてしまいそうな気配が濃厚に漂う。そこでこの作品を、「隠れ名盤 世界遺産」に登録することにしたのである。

 それにしても、ビル・チェイスの若すぎる死は残念でならない。あと1、2年もすればクロスオーバー(フュージョン)ミュージックが台頭し始めるわけで、チェイスも少なからず影響を受けただろうと思う。あるいは、アース・ウインド&ファイヤーやスライ&ザ・ファミリー・ストーンのようなファンク色を採り入れる可能性もあったかもしれない。いろんな進化の可能性があっただけに、彼の死は音楽界にとって大きな損失だ。

 「シングル『黒い炎』(またはこれを収めたアルバム『追跡』)で有名なチェイス」といった、一発屋的な評価にとどめておくのが本当にもったいなく、その意味でも、もう一枚のアルバム「ギリシャの神々(エニア)」に光が当たりますように、と思うのだ。

今でも鑑賞に耐える ★★★
歴史的な価値がある ★★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★★

●この作品を手に入れるには……国内ではCD化されていないと思われ、アナログ盤の中古に期待するしかない。アメリカでは遺作の3rdアルバム「復活」と「ギリシャの神々(エニア)」の2枚を1枚に収めたCDが発売されたようだが、今は在庫がなく、アメリカでも100ドル以上の高値を呼んでいる。



チェイス(ビル・チェイス)について、さらに情報収集するには

http://www.seeleymusic.com/chase/story.htm

上記のページで「Chase Story 」をクリックすると、「Chase Story.zip」というファイルがダウンロードされる。解凍すると、以下のようなpdfファイルが登場。30ページに及ぶ、ビル・チェイス物語だ。もちろん英文なので念のため。誰か和訳してくれないだろうか……。

●09/10/12追記……08年6月に輸入盤2枚組で、「黒い炎」「ギリシャの神々」「復活」の3作すべてが入ったCDが発売された

 
【世界遺産登録 06年05月03日】
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