File No.07
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SOLO Vol.1
(深町純)

SOLO Vol.1
(FUKAMACHI JUN)
1983年作品

「SOLO Vol.1」ジャケ写

 

先祖代々から伝わる極上の宝石を初めて手にしたような嬉しさ。
これが入手困難とは、極めて惜しい!

 深町純というアーティストは、知る人ぞ知る、天才肌のキーボード奏者だ。おそらく、フュージョン音楽(以下、フュージョン)の洗礼を受けたであろう40代前後の音楽ファンにとっては、まだ無名だったスティーブ・ガッドやブレッカー・ブラザーズ(マイケル・ブレッカー、ランディー・ブレッカー)らを日本に紹介したプロデューサー及びキーボード奏者として記憶していることだろう。

 バイオリン奏者の葉加瀬太郎(元クライズラー&カンパニー)も深町純に憧れた1人だったようで、昨年5月にはパーソナリティを務めるFM番組に深町純を招いて、フュージョン黎明期のエピソードを語っていたのは痛快だった(ここで全文読めます)。渡辺貞夫など、JAZZ界で海外のミュージシャンとセッションする日本人ミュージシャンは他にもいたと思うが、深町純はフュージョンを日本に根付かせる案内役のような役割を果たしただけでなく、凄腕のスタジオ・ミュージシャンと堂々と正面から渡り合っていたところが印象的だ。

 深町純のデビューは71年まで遡る。意外にもシンガーソングライターとして「ある若者の肖像」という70年代の前半っぽいタイトルのアルバムで世に出た。後には2nd「HELLO!」を発表し、ここでは加藤登紀子作詞の曲も入っていたようだ。これらはあまり売れなかったと思うが、作編曲やピアノの腕前は折り紙付きだったらしく、井上陽水のシングル「傘がない」でピアノを担当、2ndアルバム「センチメンタル」では編曲でも参加している。このあたりは、スタジオ・ミュージシャンとしての裏方家業でもあったと思う。

 この後、深町純はJAZZを現代風かつ都会風に味付けしたフュージョン(当時はまだクロスオーバーという言い方だった)に関心を持ち始め、同様のアプローチを見せ始めたNYのスタジオ・ミュージシャンとの共演に活路を見いだしていく。確か第1弾は「スパイラル・ステップス」(76年)で、これに「トライアングル・セッション」(77年、ライブ盤)、そして名盤の誉れ高い「On The Move」(78年)と続き、いよいよ彼らを大挙引き連れての78年9月の来日公演へとなだれ込んでいく。確かFMで生中継か生録音の音源が放送されてたことを覚えており、間もなく「深町純&ザ・ニューヨーク・オールスターズ・ライブ」のタイトルでLP盤が発売された(02年CD再発売)。「On The Move」と、このライブ盤にはド肝を抜かれ、強烈な印象が残っている。

 76年にスタジオ・ミュージシャンが集まって伝説のフュージョンバンド、Stuff(エリック・ゲイル、リチャード・ティー、スティーブ・ガッド、コーネル・デュプリ、ゴードン・エドワーズ、クリストファー・パーカー)が結成されたことでもわかるように、78年の来日公演時にはNYの面々も徐々に売れっ子になり始めており、以降は、深町純と彼らの共演は終止符が打たれていく。この後、80年に深町純はプリズムのメンバーでもある和田アキラらとKEEPを結成、和製フュージョン・バンドとして3枚のアルバム(ライブ盤含む)を残している。

 さて、ここで種々挙げたような多才なミュージシャンとの共演作品は多くのフュージョンファンから支持されたし、深町作品の魅力であることに異論はない。だがその一方で、インストゥルメンタルのソロ作品にも佳作があることはあまり知られていない気がする。僕の記憶が正しければ、現代音楽風の自作曲とショパンの曲を演奏した「衝撃のピアノソロ」(76年)を除けば、フュージョン系のソロ作品としては「QUARK(クオーク)」(80年)が最初ではなかったかと思う。

 これに続いたのが、今回取り上げたい名盤の「SOLO Vol.1」(83年)だ。ムーグシンセサイザーやアコースティックピアノの音を多重録音して作るという手法そのものは前作「QUARK(クオーク)」とも通じるが、前作がシンセの技巧や実験に走った感があるのに比べて、ここではシンセサイザーは全体の効果音程度に後退し、その上を、ピアノの音色が自由自在に、深町自身がインスパイアされるがままに転がっていて、実に気持ちがいい。全体のバランスが非常にこなれてしっくり落ち着いており、しかもメロディラインが美しいときている。

 誤解を恐れずに言えば、この作品は、キース・ジャレットの最高傑作「ケルン・コンサート」にも匹敵する極上の出来映えではないかと思っている。非常に透明感があり、1曲1曲が古くから伝わる宝石のような威厳のある輝きを持っていて、時代の流れなんか簡単に乗り越えてしまうような力強さもある。何だか褒めちぎりすぎ、とも言われそうだが、もし天国に持っていっても良いアルバムを10枚選べと言われれば、文句なしにこのアルバムを入れたいと思うほどに、僕は入れ込んでいる。

 深町純の作品は、ここ最近発表されたソロ作品、例えば「Civilization」とか「春」「夏」「秋」「冬」の四季シリーズ、最新作の「IMPROVISATION LIVE」まで15作品以上を楽しませてもらっているが、個人的には「SOLO Vol.1」が最もトキメキを覚えた作品である。Vol.1として発表した以上、Vol.2の発表も心待ちにしていたが、その後、井上陽水やカルメン・マキ、ジョー山中らと同じ事情で音楽界から距離を置かざるを得なくなったのは、非常に残念である。

 冒頭で、深町純は天才肌のキーボード奏者だと言ったが、もう一つの形容があるとすれば、孤高のキーボード奏者でもある。欄外のリンクにも掲載した彼のHPを見れば一目瞭然で、音楽産業界、とくに大手メジャーレーベルの商業姿勢を歯に衣着せぬ言葉でキッパリと断罪しており、たぶん、今後ともインディーズレーベルでのリリースとライブ活動に軸足を置いていくことになるのだろう。音楽で飯を食っていくミュージシャンとしては苦しい面もあろうが、このような熱心なファンもいるということを糧に、どうかマイペースで自分の信じる「良い音楽」を創りつづけてほしいと思う。

 かつて所属していたレコード会社が倒産し、辛うじて一部の作品がインディーズレーベルでCD再発売されている深町純の場合、入手困難な旧作は数多い。最もCD再発売が待たれているのはオークションで高値を呼んでいる「On The Move」など多才なミュージシャンとの共演作品だが、「SOLO Vol.1」は前者ほどにCD再発売が嘱望されていないという意味において「隠れ名盤 世界遺産」の称号を与えるに最もふさわしい作品といえる。幸いにもLP盤をゲットすることができれば、末代まで家宝にすることだ。

今でも鑑賞に耐える ★★★★★
歴史的な価値がある ★★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★★★

●この作品を手に入れるには……CD化はされていないと思われ、アナログLPを探すしか術はない。オークションで時々、出品されているが、非常識な高値を呼ぶこともしばしば。JAZZ系の中古レコード店で、偶然出会える可能性はある。



深町純について、さらに情報収集するには

●公式サイト「CISUM」 http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/
特集:深町純 & The New York All Stars Live
ファンによるアルバムレビュー

 
【世界遺産登録 05年09月13日】
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