File No.05
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シャクティ・ウイズ・ジョン・マクラフリン(シャクティ・ウイズ・ジョン・マクラフリン

SHAKTI with JOHN McLAUGHLIN(SHAKTI with JOHN McLAUGHLIN
1976年作品

「シャクティ」ジャケ写

 

職人技のジャズ・ギタリストが挑んだインド音楽とのガチンコ勝負、
スリリングな展開に息を呑む極上の即興ライブ盤。

 日本の洋楽ファンは、ギタリストが大好きだ。薬物やアルコールへの依存で苦しみ、音楽活動そのものは鳴かず飛ばずだった時代にもエリック・クラプトンを観るために日本武道館はいつも大入りだったし、最近は特段の大ヒット作がないのに2005年に来日ツアーが実現するなどジェフ・ベックを信奉するファンも根強い。もう一人の3大ギタリスト、ジミー・ペイジ(元レッド・ツェッペリン)は生演奏を観る機会が少ないが、来日すれば必ず話題になる。2005年になっても、これら70年代の3大ギタリストが雑誌の看板特集として成立することに、正直、驚きと戸惑いを感じてしまう。

 ジャズの世界では、パット・メセニーが根強い人気を誇る。個人的には大好きなアーティストで野外コンサートを楽しんだこともあるし、2枚組のライブ盤「トラヴェルズ」などは20年以上愛聴している名盤だ。WOWOWで時折放送されるライブも必ず楽しんでいるが、もう一人の職人ジャズ・ギタリスト、ジョン・マクラフリンは、その実力や経歴の割に、日本では光が当たっていないような気がしてならない。

 ジョン・マクラフリンの名を知ったのは、多くのロックファンがそうであるように、カルロス・サンタナとのジョイントアルバム「魂の兄弟たち」(1972年作)が初めてだった。ちょうど2人がヒンズー教のインド人導師、スリ・チンモイに傾倒し始めていた時期の作品で、商業ベースのことなど考えず、音楽そのものを献納物として神様の御許へ差し出しているような印象の作品だった。ジャズファンなら、マイルス・デイビスの名作「ビッチェズ・ブリュー」や「ジャック・ジョンソン」でギターを務めたミュージシャンとして名を知っていたのだろうが、一般的な知名度は「魂の兄弟たち」を境に上昇したように思う。

 これと前後してジョン・マクラフリンは自らのバンドとしてマハビシュヌ・オーケストラを結成する。“マハビシュヌ”はスリ・チンモイに命名されたジョン・マクラフリンのホーリーネーム(宗教名)だそうだ。後にジェフ・ベックやミック・ジャガーのアルバムにも参加するキーボード奏者のヤン・ハマー、ドラマーのビリー・コブハムなどと結成したこのバンドの登場は実にセンセーショナルで、「内に秘めた炎」(72年作)、「火の鳥」(73年作)、「虚無からの飛翔」(73年作、ライブ盤)と立て続けにリリース。ハードロックとジャズが融合したような超人的なギターテクニックにド肝を抜かれたロックファンは数多い。今では珍しくもない2ネックのギターを自由自在に操る姿に魅せられた人も多かろう。

 マハビシュヌ・オーケストラはこの後、メンバーチェンジをし、後にソロ名義でフュージョンの佳作を発表するジャン・リュック・ポンティ(バイオリン)やマイケル・ウォルデン(ドラム)などを迎えて第2期のマハビシュヌ・オーケストラを構成していく。この時代の作品として個人的に印象深いのは、ビートルズを育てたジョージ・マーチンをプロデューサーに迎え、本物のオーケストラ(ロンドン・シンフォニー・オーケストラ)と共演した「黙示録(APOCALYPSE)」だ。後にも、ジョン・マクラフリンは本物のオーケストラと共演した作品を発表しているが、ジャズとクラシックの融合という意味で、この作品ほど革新的なものはない。ジャズギタリスト、ジョン・マクラフリンの作品のなかでは明らかに異質な作品のため評価の対象外となる傾向もあり、国内盤CDは在庫切れのまま。実は、当初はこれを「隠れ名盤 世界遺産」に登録しようかと思っていた。

 だが、彼の作品の数々を改めて聴き直してみて、やはり「隠れ名盤 世界遺産」にふさわしいのはこっちだ、と結論づけたのは「シャクティ・ウイズ・ジョン・マクラフリン」だ。これはジャズ・ロックとも言うべきマハビシュヌ・オーケストラの活動に終止符を打ち、一転、アコースティックなインド音楽フュージョンに挑んだ歴史的なアルバムである。ジョン・マクラフリン以外のメンバーは、インドでは名うてのミュージシャンのようだが、西洋音楽の世界では無名な人ばかり。タブラ、ムリダンガム、ガタムと聞いたこともない名前の楽器に、バイオリンと、ジョン・マクラフリンのアコースティックギターという不思議な編成である。

 このアルバムが日本で発売された当時、米英ロックしか知らない大学生の身分でこれを買うにはかなりの勇気が必要だった。何しろ、インド音楽など何の造詣もない。知っていることと言えば、ビートルズのジョージ・ハリスンが傾倒し、伝説的な野外ロックフェスティバルに登場して評判を呼んだシタール奏者のラビ・シャンカールくらいである。一体どんなサウンドなのやら、想像もつかないなかで“ダメ元”気分で買ってみたのだが、1曲目の「歓喜(JOY)」を聴いて完璧に打ちのめされた。ジョン・マクラフリンの超人的な早弾きギターと見知らぬ楽器が真っ正面からガチンコ勝負でぶつかり合い、くんずほぐれつ、火花を散らしながら見事なアンサンブルを作り出していたからである。

 この作品は1975年7月5日、サウス・ハンプトン大学(米・ニューヨーク州)で録音されたライブ盤だそうだ。何ゆえに大学でこうした公演が開かれたのか、その経緯は知る由もないが、観客が少なからずどよめいたことは想像がつく。ジョン・マクラフリンの名は知れていたものの、ステージ上では彼を囲むように見知らぬ楽器を抱えたインド人4人が揃って胡座で座り込んで演奏したと思われ、その一種独特な雰囲気にたじろぎつつも、演奏が始まればグイグイと引き込まれていく……そんな感じが、ライブ盤にはしっかりと記録されている。

 都会風のおしゃれ感で人々を魅了したフュージョンミュージックのメインストリームに背を向けるように、ルーツミュージック的なアプローチをしたシャクティは、70年代半ば、極めて個性的な存在となった。この後、2枚のスタジオ盤「ハンドフル・オブ・ビューティー」(76年作)、「ナチュラル・エレメンツ」(77年作)を残してジョン・マクラフリンは再びエレクトリック・ギターに戻っていく。彼の音楽生活のなかでは、インド文化にハマった一時期の、通過儀礼的な時代だったのだろうと思っていたが、実は97年に再結成し、「リメンバー・シャクティ」(99年作)などを発表している。これもライブ盤だが、息を呑むような緊張感と驚きに満ちた曲展開という点では、やはり「シャクティ・ウイズ・ジョン・マクラフリン」に軍配が上がると思う。

 クラシックとの融合、ロックとの融合、そしてインド音楽との融合など、ジョン・マクラフリンほど挑戦的なジャズ・ギタリストは他にいないかもしれない。作品によって音楽性があまりに違うので、ファンの好き嫌いも多いと思われ、レコード会社としてはCD復刻に二の足を踏むケースも多かろう。事実、この「シャクティ・ウイズ・ジョン・マクラフリン」は国内盤CDが出ているのかどうかすら不明である。この作品以外のシャクティのアルバムは国内盤CDが買えるのに、肝心のファーストアルバム&代表作が見当たらないのは、忘却の彼方に追いやられた結果としか思えない。そこで今回、「隠れ名盤 世界遺産」に登録させていただいたのである。

今でも鑑賞に耐える ★★★★
歴史的な価値がある ★★★★★
レアな貴重盤(入手が困難) ★★★

●この作品を手に入れるには……過去に国内盤CDが発売されたか否かは不明。たぶん国内盤はアナログ盤に頼るしかないだろう。輸入盤CDなら、ジャケットデザインは若干異なるが、入手は可能。



ジョン・マクラフリンについて、さらに情報収集するには

●公式サイト http://www.johnmclaughlin.com/
やや難解な構成の公式サイトです。その作品の数にビックリ。

 
【世界遺産登録 05年07月06日】
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