知る人ぞ知る、ジャンル分け不明なユニットによる
仕上がり上々のシティ・ポップス作品。
ジョン・マークとジョニー・アーモンドによる2人組ユニット、マーク=アーモンドをご存知だろうか。
英語では「Mark-Almond」とハイフンで繋がれるアーティスト名だが、彼らが日本で初めて紹介された1972年当時、日本では音引き「ー」と紛らわしいハイフン「-」の表記をそのまま採用するのは躊躇(ためら)われたと思われ、アーティスト名は初回発売時には「マークとアーモンド」、後に「マーク=アーモンド」が日本語表記になった。ただ、ラジオなどでは「マーク&アーモンド」と呼ばれることもあり、人によって記憶はまちまちだ。ちなみに78年に発表された最後のオリジナルアルバム「アザー・ピープルズ・ルーム」のアナログ盤では、日本語表記でも「マーク-アーモンド」になった。
おまけに、彼らが活動休止状態に入った80年代には、マーク・アーモンド(Marc
Almond)というソロアーティストも登場。そんなことは知らずに時折CDショップでマーク=アーモンドの作品を物色していた僕などは、あやうくマーク・アーモンドのアルバムを買ってしまうところだった。実質2人組になったドナルド・フェイゲン&ウォルター・ベッカーがスティーリー・ダンを名乗っているように、もう少し識別性の高い別のアーティスト名を持っていれば、情報が錯綜することなく語り継がれていっただろうにと、残念でならない。
さて、マーク=アーモンドは、英国ブルースの大御所でエリック・クラプトンの師匠とも伝えられるジョン・メイオールのバンドで活躍していた2人が結成したユニットである。ブルースを下敷きにしつつも、「ジャンル分けなど気にすることなく、いい音楽を作ろうじゃないか」と意気投合したとされ、事実、彼らのサウンドを言葉で説明するのは非常に難しい。曲によっては、シンガーソングライター系のフォークでもあり、ブルースの小品でもあり、ジャズにもロックにも聴こえる。ただ、英国出身のユニットらしく基本的には哀愁を帯びた地味目のサウンドで、メランコリックかつ耽美的な味わいがあるのが特徴だ。
71年のデビュー作「マーク=アーモンド」を皮切りに、2nd「マーク=アーモンド 」、そして3rd「復活」、4th「Mark-Almond'73」と3年間で4枚のアルバムを発表したが、キャッチーなシングルヒットを放つこともない彼らを評価するのは、いずれも耳の肥えた音楽愛好家たちだった。今ではライナーノーツ執筆を卒業したと伝え聞く音楽評論家の立川直樹さんが、これら4作のライナーノーツを引き受けており、かなり入れ込んでいたことがわかる。そう、好きな人にはとことんクセになるサウンドなのだ。
僕自身、これら4枚のアルバムは、未だに手放すことができない愛聴盤となっているが、それ以上に気に入っているのが、3年間のブランクを経て発表された5thアルバム「心に……」である。前4作では、曲によっては退屈な印象や、荒削りな構成もあったが、この「心に……」では、ジョン・マークの切ないボーカルとギター、ジョニー・アーモンドの泣きの入ったサックスやフルートに、透明感のあるエレクトリック・ピアノの音が見事に混じり合い、良い意味でフュージョン系の心地よさを醸し出している。極上のシティポップス作品と形容してもいいだろう。
時代的には、ちょうどフュージョン(最初はクロスオーバーと呼ばれたが)ミュージックがもてはやされ始めた時期だ。ジャズをベースに、耳なじみの良いメロディラインのサビを入れ、BGMっぽい心地よさを演出した音楽が世の中にあふれてきた。その脈略の中で、この「心に……」もそこそこの評価を受けていた気がするが、売れセンを濃厚に意識しすぎたようなフュージョンとは、明らかに一線を画していたのも事実だ。時代に合わせてフュージョン風に仕上げました、というよりも、マーク=アーモンドが自らのジャンル分け不能ないい音楽をどんどん突き詰めた結果として、自然とフュージョン風味になりました、という感じと言えばいいだろうか。
彼らの曲は基本的にジョン・マークの作品だが、A面1曲目はビリー・ジョエルの「心はニューヨークへ」で幕を開ける。原曲をジャズ風&ボサノバ風に仕上げたオシャレ感たっぷりの心地よいサウンドが続いたと思うと、一転、豪雨のようなビリー・コブハムの激しいドラムが印象的な「そして、雨が…(パート1)」へ続く。やがて雲間から太陽が覗いてくるような「同(パート2)」に続き、ここでは流麗なエレクトリックバイオリンの調べが曲を盛り上げる。一時期のプログレシッブロックを思わせるようなドラマティックな構成も、このアルバムの特徴だ。またアルバムを締めくくる「誰もが友を(Everybody
Needs a Friend)」はAORの傑作ボーカル作品として評価されよう。青春ドラマのエンディングに使えそうな胸キュンタッチのバラードだ。
先にもふれたが、彼らは78年発表の6thアルバム「アザー・ピープルズ・ルーム」を発表した後、事実上の解散状態になったようだ。彼らに関する情報がほとんどないため、その経緯は知らないが、81年には「THE
LAST & LIVE」というタイトルのアルバムが、何故か西ドイツのレコード会社から発表されている(僕が入手したのが、たまたま西ドイツ盤だったのかもしれない)。ライブ録音の年月日などはまったくクレジットがなく、最後のステージを記録した作品なのかどうかは定かでない。一応ニューヨークでのライブのようで、ジョン・マークがプロデュースした作品となっている。
最後のオリジナルアルバムとなった「アザー・ピープルズ・ルーム」は、マイケル・フランクスやジョージ・ベンソンを売り出したトミー・リピューマがプロデュースを受け持っており、スティーブ・ガッド(ドラムス)やウイル・リー(ベース)といった、フュージョンミュージックではおなじみのミュージシャンも参加。巷での評価も高い作品だが、個人的には後年のスティーリー・ダンのようにサウンドとしての完成度を高めすぎていて、少し息苦しい印象を感じてしまう。適度に遊び心があり、ミュージシャンたちのパフォーマンスも楽しめる「心に……」が、ちょうど良い頃合いの作品だと思う。
マーク=アーモンドは知る人ぞ知る、玄人受けするユニットとして一時代を築いたが、残念ながら、この「心に……」だけは何故か日本でCD化されていない。この作品を彼らの代表作と考えるファンは少なからずいると思うのに、このままでは歴史のなかに埋もれてしまう。そこで「隠れ名盤
世界遺産」に登録し、名作の誉れを後生に語り継いでいきたいと思うのだ。
今でも鑑賞に耐える |
★★★★★ |
歴史的な価値がある |
★★★ |
レアな貴重盤(入手が困難) |
★★★★★ |
●この作品を手に入れるには……入手はかなり困難。日本ではネットオークションを含めた中古市場に頼るしかない。少なくともアメリカと英国ではCD化されているが、英米アマゾンでは共に在庫切れ中。
オリジナルアルバムリスト
彼らのディスコグラフィー情報がネット上でほとんど見つからないので、僕が知っている範囲でリストアップしてみました。
(ブルーサム時代)
●Mark-Almond(邦題:マーク=アーモンド) ※71年2月
●Mark-Almond (邦題:マーク=アーモンド 、初回発売時の邦題:マークとアーモンド第2集) ※71年末
(EPICソニー時代)
●Rising(邦題:復活) ※72年
(CBSコロンビア時代)
●Mark-Almond'73(邦題:マーク=アーモンド'73) ※73年 ※A面のみライブ盤
(ABC時代)
●TO THE HEART(邦題:心に……) ※76年
(ホライズン時代)
●OTHER PEOPLES ROOMS(邦題:アザー・ピープルズ・ルーム) ※78年
追記(7月9日)
なお、上記の他にも、ジョン・マークのソロ作品として「友に捧げる唄」が75年頃に発表されており、80年にはジョン・マークとマーク=アーモンドの両名併記のアルバム「TUESDAY
IN NEWYORK」、さらに96年頃に一時的なカムバックをしたのか「Nightmusic」というアルバムもリリースされているようだ。
ちなみに、マーク=アーモンドは、海外では「Mark-Almond
Band」と称される場合がある。もう一つややこしいことに、「john-mark」という若いロックバンドもあるようだ(苦笑)。
|