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【No.140】 2004年11月21日号
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マーケットインにさようなら プロダクトアウトと、マーケットイン。この2つの対立する言葉を、企業ものの取材でよく耳にします。もともとは80年代あたりから使われ始めたマーケティング用語と理解していますが、平成不況のなかで再び脚光を浴び始めたようです。 経済新聞やビジネス誌をあまり読まない人のために、ちょっぴり解説しておくと、「プロダクトアウト」は「(作り手の理論で)できたものを供給する」という考え方、「マーケットイン」は「(買い手の理論で)望まれるものを供給する」という考え方です。よく使われるフレーズは「プロダクトアウトからマーケットインへ」。作る側の理屈ではなく顧客の視点でモノづくりに努めていこう、という意味に使われます。最近ではマーケットインをさらに進化させ、一人ひとりの顧客の要望に応える「カスタマーイン」という言葉もあるようですが……。 僕自身も取材原稿などで何度か「プロダクトアウトからマーケットインへ」というお決まりのフレーズを渋々使った覚えがありますが、本心を言えば、いつも「何かおかしい」という印象が拭えませんでした。誰が見ても正論に見えるのだけれど、どうも違和感がある。その違和感の正体が、最近になってようやく見えてきました。 市場に求められるモノを提供すること。これは資本主義の社会では、半ば当たり前の常識です。何よりも、市場に受け入れられないモノは、自ずと市場から撤退を余儀なくされてしまう。これは最近始まった社会システムなどではなく、これまでも数十年以上、連綿と繰り返されてきたことです。 「マーケットイン」という言葉も、この常識を踏襲しているように見えますが、そこにはトリックがあるのではないか。つまり「プロダクトアウトか、それとも、マーケットインか」という二律背反的な(両極端な)概念を持ち出すことで、必要以上に消費者に媚びることを促している面があるんですね。何だか、「テロに屈服するのか、テロを撲滅するのか」にも似た、少々乱暴な言い方です。 僕が直接的に、あるいは間接的に聞いている範囲では、「プロダクトアウトからマーケットインへ」という正論めいた旗印のもとで、モノを作る技術者たちは相当疲弊しているように見受けられます。というのも、モノが売れない時代に入って、メーカーの中では営業部隊が製品開発の実権を握り、「消費者はこういうものを欲しがっている」と新しい機能を盛り込ませるわけです。それが製品の本来性能ならまだいいのですが、営業部隊が主張する新しい機能などは推して知るべしで、おおむねツマラナイ余計な機能だったりする。 さらにいえば、本当に消費者が欲しがっている機能かどうかは、極めて怪しい。実態は、「目新しいモノを作れば売ってやる」という強い態度に出ている流通側を満足させるためにひねり出した愚策ではないか、とさえ思うことがあります。いろいろ差し障りがあるので具体例が出せませんが、そうやって市場に生み出された耐久消費財が、世の中に満ちあふれているのではないか。 モノづくりの現場は、営業サイドからの「そんなモノじゃ売れないよ」「もっとマーケットインの発想でやってくれよ」といった突き上げを食らいつつ、作りたくもない製品を生み出している……。消費者が望むモノなら、良かれ悪しかれ「ニーズがある」という大義名分のもとで大抵のモノは作る。場合によっては、望んでいないモノまで作り、あたかも望まれたモノのように見せかける。今はそのような雰囲気が、製造業の間に蔓延している……ように見えるのですが、いかがでしょう。一般生活者向けの製品開発に携わっている人なら、共感してもらえることと思います。 世の中をアッと驚かせるようなビックリ新技術とか、人々の生活を革新していくような新しい概念みたいなものは、たぶん、消費者の気まぐれな要望を探るところから生まれるのではなく、毎日のようにコツコツ顕微鏡を覗き続けるとか、延々と物性の研究にいそしむような、ゴールの見えない地道な研究から生まれるものでしょう。基礎研究と応用研究の役割の違いと言ってしまえばそれまでですが、今はあまりに小手先の応用研究に人・物・金が注がれすぎているのではないかと、そこが気がかりなのです。 そんな変化を後押ししたのが、「プロダクトアウトからマーケットインへ」というフレーズだったと僕は推測しています。10年後に今の時代を振り返ったら、おそらく、平成不況の中で速やかな売上回復を図るための、一時しのぎの呪文に過ぎなかったと気づくことでしょう。 消費者との接点で顧客志向のサービスが貫かれていれば、商材そのものは極めてプロダクトアウトなものでいいと、僕は思っています。マーケットインの発想で生まれたモノやサービスに満ちあふれた今の世の中、たまには消費者のことなど微塵も考えないで、作り手の身勝手や自己満足だけで生まれたようなモノに出会いたい。そんな僕もまた、気まぐれな消費者の一人に過ぎないのでしょうか。 **************** ここからは蛇足ですが、かつて頻繁に執筆してきた福祉の世界では、まだまだマーケットインの発想が欠けすぎているのも事実。僕がここで言いたかったのは、あまりにも過剰なマーケットイン発想への皮肉、警鐘と受け止めてもらいたいですね。 さらにもう一つ蛇足のお話。最近の話題に、ヤマト運輸と郵政公社の対決があります。ヤマト運輸の宅急便は、一見、今日に至るマーケットイン発想のスタートラインのように見えますが、それは「前例のない、生活者に喜ばれるサービスを創り出したい」という、極めてプロダクトアウト的な生まれ方をしたサービスだったのではないかと、最近思うようになりました。 これに対して、ヤマト運輸が敷いたレールの上で、宅配便の習慣がすっかり広まった段階で、税制上の有利な立場をいいことに安値で勝負を仕掛けてくる郵政公社の行動は、市場におもねるマーケットインそのもの。両者の裁判での争いがどう決着するのかわかりませんが、少なくとも供給者側の理念や思想、心遣いの違いは歴然。郵政公社のテレビCMにも、あざとい感じががにじみ出ている、と言うと言い過ぎでしょうか。 |
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