●今月のコラム●(30) 2002年12月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

宝探しの感受性を奪ったJ-POP界

 音楽CDの売上不振がいよいよ深刻になってきたようです。今年はシングル盤のミリオンセラーが浜崎あゆみの「H」一曲だけに終わりそうで、数百万枚売れても誰も驚かなくなった数年前がウソのような低迷です。

 ただ、過去にミリオンセラーが少なくなった時期もありましたから、トップセールスの枚数はさほど問題ではありません。いちばん深刻なのはCD売上総数の減少でしょう。日本レコード協会の調べによれば、10月現在で対前年比は88%(生産ベース)。年間合計での前年割れは間違いありません。

 業界では、パソコンなどで簡単にコピーできるようになったのが悪いのだと言っているようです。もちろん影響がないとはいえないでしょうが、やはり好きなアルバムはジャケットやライナーノーツも含め、自分で所有したいもの。要するに、「とりあえず、チェックしておくか」という程度の「あぶくの需要」が減った程度だと僕は思っているのですが。

 コピーガードをつけるのなら、CDレンタル業を追放する方がずっと効くはず。人から聴いた範囲ですが、CD音楽ソフトのレンタルができるのは先進諸国では日本くらいのものだそう。アメリカがすべて良いなんて思えないけれど、あっちではレンタルがないかわりに、ソフトそのものの値段が安い。少なくともCD音楽ソフトに関しては、あっちのやり方がどう見ても正しいように思います。

 タイアップに代表されるような仕掛け重視に依存しすぎた、などの指摘も少なくありません。僕も過去にコラム「洋楽時代がやってくる?」で書いていますし、多くの音楽関係者も指摘している問題点です。音楽産業界だけに限りませんが、どうやらマーケティング中毒に陥っていると見て間違いないでしょう。仕掛けがないと売れない、タイアップだけでは目新しさがないから、別の話題性も必要だ……そうやって最近では、ジャケット写真で話題性をもたせたり、初回限定版を出したり、シークレットライブの応募券をつけたりもしている。「音楽そのものでは売れない」と、音楽を売る人たち自身が勝手に思い込んでいる。

 若者ばかり相手にした売り方をしてきたから悪いのだ、という意見もあります。実は、このコラムを書いている途上で、「団藤保晴の『インターネットで読み解く!』 」127回で同様の指摘がされているのを見つけました。人気のサイトだけあって、豊富なデータをもとに核心をつく発言をしています。マーケティング中毒に陥ったと同時に、いちばんマーケティングがしやすい若者にばかりターゲットを合わせすぎた。これは、音楽CD売上不振の理由としてかなり真理に近いでしょう。そんなことをやっている音楽産業界に、中年以上の日本人は愛想を尽かせました。「要するに、私たちが好きな音楽は作ってくれないのね」と。

 さすがに若者だけをターゲットにしていては商売が立ちゆかないと悟ったのか、今年あたりからは懐メロ路線を加速させて対象年齢層を広げてきているように思います。

 一つは、カバー曲の氾濫です。シングル盤で言えば「亜麻色の髪の乙女」(島谷ひとみ)や「大きな古時計」(平井堅)が代表的なヒット曲となりましたが、アルバムに至ってはカバー作品のオンパレードとなりました。アーティストを挙げれば、PUFFY(2/20発売)、原由子(3/13発売)、中森明菜(3/20発売)、渡辺美里(3/20発売)、椎名林檎(5/27発売)、福山雅治 (6/26発売) 、工藤静香(10/30発売)といった具合です。いささか食傷気味なのは僕だけではないでしょう。

 カバーが受ける切っ掛けとなったものに、昨年発売されて話題となったウルフルズの「明日があるさ」や井上陽水のアルバムがありました。いずれも目のつけどころがいい作品で、元々の楽曲の良さにアーティストの個性がうまくあい、カバー曲でありながらオリジナリティのある作品だった気がします。これらのヒットに乗じて、二匹目のドジョウを狙ったら、他にも同じことを考えていた人がいっぱいいた、というところでしょう。最近では「ただのカバーじゃもうダメだ」と言わんばかりに、セルフカバーアルバムが増えている感じがします。

 ちなみに、個人的に最高傑作だと思うカバーは、矢野顕子の「君が代」です。もう20年以上前の作品ですが、強烈な印象が今も残ります。

 もう一つ、70年代80年代のヒット曲を寄せ集めしたコンピレーションアルバムがなかなか好評のようです。年代別に洋楽・邦楽を集めたもの、懐かし系ドラマの主題歌ばかりを集めたものなどがあります。昔の特定ジャンルの曲ばかりをCD10枚組とかで通信販売する新聞広告が時折見られますが、要するにあれと同じようなもので、セット売りかバラ売りかの違いと言えなくもありません。

 カバー曲は上の世代の人には耳なじみがよく、下の世代には新鮮に聴こえます。コンピレーションアルバムは、上の世代が懐かしさで買っていくのでしょう。以前よりはマーケティングの対象年齢層が広がったともいえますが、僕にはそもそもマーケティングしすぎるのが気に入らない。

 結局、購入者の安心感を考えすぎているのですね。欲しいものだけを与えようとしすぎている。あるいは欲しくもないものを欲しくさせることに腐心しすぎている。コマーシャルやドラマで流れた曲だから安心できるでしょ、耳なじみのある曲だから安心できるでしょ、シングルヒットをいっぱい詰め込んだアルバムだから安心できるでしょ、みんなが買っているから安心できるでしょ、と。確実に一定程度は楽しめることを、まず考えている。100点でも0点でもなく、いつも65点を狙っている感じといえば、わかりやすいでしょうか。

 でも、音楽って、もっと意外性のあるソフトだったのじゃないかしらん。人それぞれが自分なりの感受性のアンテナを張り巡らせて、中身がわからないままにレコードを買い、つまらなかったら「くそっ」と思うけれど、そんな経験のなかで耳が肥え、誰も知らないアーティストや名曲を見つけては友達に自慢する。「この曲いいんだぜ、ちょっと聴いて見ろよ」と。クラスにそんな音楽通が一人か二人いました。そして評判が評判を呼んで、じわじわヒットしていくというのが、どう考えても自然な姿。そんなことを頭に入れてカウントダウン番組なんかを見ていると、どう考えたって日本はおかしい。だって、初登場が最高位なんて、やはりヘンでしょ。ごくごく一部のトップアーティストならともかくとして。

 音楽業界は90年代に一定のマーケティング法則を作り上げました。タイアップしかり、カラオケで歌いやすい曲づくりしかり、発売開始まであおってあおってチャートイン一週目に上位に入れることで話題を作ろうとする方式しかり……。でも、そうやって、「今あなたが買うべきものはこれですよ」と安心材料ばかり提供し続けることで、人々から宝探しの感性とか、お気に入りを見つけだす喜びを奪ってきてしまった。そのなれの果てが、今だという気がするのです。宝探しの喜びが辛くも残っているのは、日本のレコード会社ではアーティストをコントロールしにくい洋楽です。冒頭で、CDの売上不振にふれましたが、実は洋楽は上昇に転じていて対前年比102%となっています(10月現在、生産ベース)。

 70年代、80年代は、ラジオのDJが宝探しのネタを提供する役割を担っていました。それぞれが自分の耳を頼りに、みんなが知らない名盤を見つけだしてきて、推薦してくれた。でも最近はそんなDJも少なくなった気がします。FM局自体が音楽産業界のマーケティング戦略の中に呑み込まれてしまって、一押しのヘビーローテーション曲を決めたりしていますからね。

 先日、TOWER RECORDに行ってきました。名前も聞いたことがないアーティストの作品がいろいろ試聴できるのは以前と変わりませんが、久しぶりに行ってみたら、以前よりも試聴コーナーが増えてきた感じがする。ジャンルを問わず、あっちこっちの試聴コーナーを片っ端に聴きまくっていたら、何だか楽しくって、買ったことのない洋楽アーティストのアルバムを3枚も買ってしまいました。唯一残された、宝探しの方法といえるのかもしれません。

(追記)12/7
 2002年にTOWER RECORDで最も売れたJ-POPのアルバムは、沖縄のインディーズレーベルから発売されたモンゴル800の「MESSAGE」だそう。レンタルは不許可で、宣伝や仕掛けに大きな費用も使わず、アルバムはたっぷり入って1枚2000円。サウンドはやや単調な印象もありますが、ストレートでハイスパートなロックが気持ちいい作品ですね。 これが一年以上をかけてコツコツ200万枚を突破した意味を、
もう一度メジャーレーベルは考えてみるべきでしょう。今回のコラムを象徴するような作品といえます。

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