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●ネット散歩道●(7) 2002年9月1日号
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フェティシズムの豊饒
住宅都市整理公団 無作為にネットサーフィンを楽しんでいて、時折、「してやられた」と思える企画のサイトに出会うことがあります。これもその一つ。住宅都市「整理」公団というシャレの効いた名前の、団地ウォッチングを主とするサイトです。 団地、という言葉に対して、皆さんはどのようなイメージを持っているのでしょう。僕の場合は正直言って、あまりいいものがありません。まず、どれもこれも同じようなモノ、という印象があります。初めて団地という代物を記憶に刻んだのは、大規模ニュータウンの先駆けとなった千里ニュータウン(1961年に建設開始)の団地群。これを初めて見たのは、大阪万博の会場に向かうときだったでしょうか、巨大な豆腐を並べたみたいな無機質な人口都市、という印象がありました。 生まれ故郷の兵庫県芦屋市の浜辺に忽然と現れた、高層住宅群(1975年に建設開始)にはさらに驚かされました。当時としては非常に独創的なデザインで、おそらく建築界では注目の的だったと思われますが、阪急電車の車窓から初めて見たときはとても奇異なものに見え、僕はひそかに「メカゴジラ」と呼んでいました。 40歳代以上の男性であれば、団地という言葉に、ある種のエロスを感じるかもしれません。日活ロマンポルノに、いわゆる「団地妻シリーズ」(1971年〜)がありましたが、生き残りを賭けて成人映画に乗り出した日活にとって最初のヒットシリーズとなり、続々と連発されました。団地→団地妻→ロマンポルノという連想ゲームの回路が頭の中に組み込まれてしまって、何ともエッチなムードを感じ取ってしまうわけですね。 そういえば深夜番組の元祖「11PM」で、あれは司会を務めていた作家の藤本義一さんが言った言葉だったでしょうか、「団地群で今晩何組の夫婦がセックスしているか。そんな視点で眺めていると、深夜の団地群がとても滑稽なものに見えてくる」みたいな発言をしていて、妙に共感をおぼえたこともありました。 さてさて、極私的な思い込みも含め、団地のマイナス部分をあげつらってきたわけですが、エロスに関する部分はともかく、「画一的な」といった印象については、多くの方が同感してくれると思います。ところが今回ご紹介しているサイトでは「団地の画一性」が、上っ面だけの印象にすぎないことを暴いて見せています。「どれもこれも同じだなんて、それはキチンとモノを見ていないからなのだ。どうだ、これだけの特徴や味わいの違いがあるではないか」と。 同サイトを作成しているのは、建築物に詳しい方たちのようで、テーパー(先細の形*)やらマッシブ(どっしりした様*)やら、素人には聞き慣れないカタカナ業界用語も時折登場してきますが、団地の突起物をオデキと称してその愛くるしさを評してみたり、エレベータータワーの配置にウンチクを傾けてみたりと、いかにもマニアックな「団地鑑賞の手ほどき」をしています。 同じ集合住宅で、東京の情報誌『東京人』『散歩の達人』などでよく取り上げられているのは、同潤会アパートなど大正末期に建てられたアパート群。大正モダンのテイストを感じさせてくれる建物もあったりして、骨董品的な憧れを呼んでいるわけですが、こうした「わかりやすい特徴」がもてはやされる風潮へのアンチテーゼの気持ちも感じられて、骨太なところを垣間見せます。 各団地につけられている「団地データ」は、よく練られていて遊び心満載。管理人の日記風のコラム「カモだより」も、作者周辺の日常を楽しく、ツボをおさえた語り口で読ませてくれています。 団地という、一見、同じように見える代物に差異を見いだし、これを執拗に追求する姿勢には、一種のフェティシズムさえ感じられますが、豊かな感受性がなければフェティシズムは成り立たないわけで、ボクなどはむしろ、その感受性に感服してしまうのです。 今は千葉周辺の団地を集中的に取り上げているようですが、今後は首都圏全域や、他地域へと羽を伸ばしてほしいところ。手始めに、東京から信州へ向かう中央自動車道で山梨に近づいたときに見えてくる、桃の絵をあしらった団地などはいかがでしょうか。 関連リンク●同潤会の建築を考える会 *『コンサイス カタカナ語辞典』(三省堂)より |
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