●取材ノートから●(25) 2002年6月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

嵐山レディースホテルの閉館で

 京都・嵯峨野で女性専用ホテルとして親しまれてきた「嵐山レディースホテル」が、間もなく(6月15日)閉館を迎えるそうです。このホテルを、僕は97年8月に取材で訪れました。雑誌で「再訪アンノン族の旅 思い出散歩 」という特集を担当したときのことです。

 同ホテルは、アンノン族ブームが一気に盛り上がり始めた1974年に開設された、日本初の女性専用ホテルです。京都の洛西方面を東西に走る京福電鉄の始発駅・嵐山駅の駅舎(3階建て)の2〜3階がホテル部分で、新聞記事によると一時は稼働率8割という大手ホテルも顔負けの人気を誇っていました。

 僕の記憶している限り和室中心の質素な作りで、わかりやすく言えば、時代の流行に取り残された古くささを感じさせるホテルであったのは確かです。今でも一泊4200円という観光地としては異例の安さですが、京都観光に訪れる観光客はお金に糸目をつけないと見え、高級ホテルに客足を奪われて、宿泊客も激減の一途だったようです。

 アンノン族たちが残した「遺産」の一つに、観光施設での思い出帳があります。これはやがて、ペンションやラブホテルにも受け継がれていくわけですが、その走りとなったのは、このホテルから歩いて10分足らず、修学旅行生たちの喧噪を離れた静かな奥座敷に位置する直指庵です。ここも取材で訪れました。

 住職さんによると、当初は落書き防止を目的に、奉加帳として住所と名前だけを書き記すノートを置いていたそうですが、留守番役の尼僧さんが訪問客の人生相談に応じる習慣が生まれ、やがてノートにも問わず語りに自分の悩みを打ち明けるような告白文が目立つようになりました。これが「思い出草」という名前で庵に残されるようになり、ノートに記された特徴的な丸文字は、山根一眞さん著作の『変体少女文字の研究』で研究素材ともなったわけです。

 実は嵐山レディースホテルにも、直指庵にならって「旅の落書帳」が置かれ、これが一冊の本になっています。1978年5月に出版された『現代模様 おんな旅日記』(トラベル・メイツ社)です。ここには、前年3月から一年間にわたって残された落書帳から「傑作」が収録されました。取材時に資料としていただいた本ですが、中を読んでみると、「嫁入り前の記念に来ました」「恋に悩んでいます」「婚前交渉をどう思いますか」「彼氏募集中です」など、時代を感じさせるフレーズも目立ちます。

 以前にも書いたことですが、アンノン族の旅は、女性の一人旅から始まりました。今で言う、癒しの旅です。70年代始めといえば、独身女性が一人で泊まりがけの旅行に出るなんて、もってのほか。でもセンチメンタルな旅に出て失恋の傷を癒したい、恋の告白ができない自分を勇気づけたい、これからの生き方を見つめ直してみたい……そんな欲求に答えたのが、嵐山レディースホテルでした。女性専用ホテルに宿泊するならば、と送り出した親も多かったそうで、ホテルではお風呂の時間も決まっており、夜は門限もありました。

 ホテルの社長によれば、一人旅の女性は相部屋を好んだそうです。旅先で通りすがりの出会いを楽しみ、お互いに恋や人生の悩みを打ち明けあい、翌日には仲良く嵯峨野一帯を散策していくのが常だったとか。もっとも、親には女性友達との旅行だと偽ってカップルで嵐山を訪れ、女性だけがこのホテルに泊まるといった光景も少なくなかったそうですが。

 女性専用であることが、かつては順風になり、今は逆風になったと見ることができます。嵐山レディースホテルの閉館は、一つの時代が終わったことを強く印象づけました。実に寂しいニュースでした。星野社長、永らくお疲れさまでした。

(6/7追記)電話で星野社長とお話ししました。6/15最終営業日までは、修学旅行生などで予約が満杯のようです。

2003年発行分

BEFORE← →NEXT
当ホームページに掲載されている原稿の無許可転載・転用を禁止します。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 2002-2004 tomoyasu tateno. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.