●取材ノートから●(19) 2001年12月1日号

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ミクロから歴史を見る

 足かけ3年に及ぶ仕事となった、某コンクリート関係の建設会社の、50年史の取材・執筆がようやく最終段階となりました。取材に要したカセットテープは約80本、本棚を1つ半も占領し、木製の本棚を重さでたわませるほどの資料にも囲まれ、ようやく百数十ページの誌面ができてきました。また、2001年1月から発行を始めたメルマガ「1970年にタイムマシンで飛んでいけたら楽しいね」制作のための資料収集作業も一段落しました。こちらは、段ボール一箱分くらいの資料が集まりました。

 歴史を掘り起こす。これほどワクワク面白いことはありません。何が面白いかというと、意外な発見がいっぱいあるからです。往事を知る人から聞く話、当時の生のニュースを伝える新聞記事、今では埋もれてしまった資料を改めて見てみると、「へえ、こんなことがあったんだ」「えっ、誰もが知る歴史の裏側ってこんなだったの?」といった掘り出し情報がぞくぞく出てくる。頭で勝手に描いていた歴史観を再構築させてくれるんですね。

 巷には、さまざまな歴史データベースものの本が出ています。昭和時代が終わった時、20世紀が終わった時にはとくに、「昭和の歴史」「20世紀の出来事」みたいな、多くの歴史物の分厚い書籍が出版されました。こういう、現代史ものの資料本を見ていて、いつも疑問に思うのは、本当にそこに書かれていたような時代だったのかなあということです。

 例えばメルマガで追ってきた1970年という一年にしても、「モーレツからビューティフルへ」の時代だったと総括されていたりします。だけど、当時の新聞紙面を端から端まで読み直してみると、どうも違うのではないかと思わざるを得ません。このフレーズは某OA機器メーカーのイメージ広告に登場してきたキャッチコピーですが、人々の意識が「反モーレツ」に傾いていくのは、第一次オイルショック後の1974年頃と考えた方がたぶん正しい。件の広告は、全ての製造業会社が公害をまき散らしているとの印象を払拭するための、方便の一つだった気さえしてきます。

 一緒に社史を編纂してきた編集者からの受け売りにもなりますが、「高度成長期はすべてのサラリーマンが寝食を忘れて仕事に打ち込んだ」みたいなイメージも、いかにもステレオタイプな表現で、本当は結構気楽にやってたんじゃないの、とも思えてきます。この編集者曰く、昭和31年の「経済白書」に登場した「もはや戦後ではない」という文言にしても、高度成長の幕開けを告げる言葉として頻繁に引用されていますが、実は「戦後復興のために国はやるだけのことはやった、後は国民が自助努力でやってくれという意味だった」とのこと。なるほどなるほど、です。

 歴史は伝承されるものであるという宿命があります。その時代を見つめてきた生き証人はどんどん減っていきますし、記憶もあいまいになっていきますから、歴史はどんどん後の人間によって変えられていく。変えられていくというか、何度も何度も加工されて、違う方向で固定化されていくといった方が正しいかもしれない。先に挙げたような歴史本なんかは最たるモノで、こういう本を作るときにわざわざ当時の元資料まで辿ることはほとんどありません。過去にまとめられた便利な歴史本を元資料に、これをさらに加工して出来上がっていくわけです。そして、これをもとに再び、後生の人々は歴史本を作っていく……。何だか、伝言ゲームみたいだと思いませんか。

 時代を大局的に見るために、歴史本は確かに便利です。僕も、社史やメルマガの仕事用にたくさんの分厚い歴史本を手に入れ、便利に使ってはいます。だけど、マクロに見るだけでなく、その時代に日々起こっていたミクロな情報から、もう一度歴史観を見直す作業もまた必要。そんなことを教えてもらった、社史とメルマガでした。

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