●取材ノートから●(15) 2001年8月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

アンノン族にこだわる

 今年4月に、残念ながら廃刊となった雑誌『毎日新聞アミューズ』で、何度か特集記事を一本丸まる一人で取材・執筆担当したことがあります。そのうちの一つ、97年10月22日号に掲載された「再訪アンノン族の旅 思い出散歩」は、僕自身、かなり力を入れた特集記事でした。

 アンノン族って、知ってますか? 1970年に創刊された「an・an」、翌年創刊された「non・no」という2つの雑誌名に由来する言葉ですが、両雑誌で頻繁に掲載された旅行特集が大きな反響を呼び、とくに軽井沢や清里、京都、そして小京都と呼ばれた飛騨高山や金沢などに若い女性がどっと繰り出し、彼女らを指す言葉として「アンノン族」という言葉が使われたのです。70年代半ばから10年近く、「アンノン族ブーム」は続きました。

 僕が企画提案したのは、センチメンタル気分な秋、アンノン族たちが好んで訪れた観光地の四半世紀後の変化をレポートしながら、かつてのアンノン族たちに、甘い記憶を蘇らせていただこうという趣向でした。要するに、宝島社が好んで出版しているような懐古趣味の企画ですね。

 ところが、実際に情報収集していくと、これがなかなか奥深くて面白い。まず、「アンノン族」そのものが、時代によってかなり変容している点です。最初のアンノン族は、女性の孤高な一人旅でした。自分の生き方を見つめ、自分を再発見する、いわば「癒しの旅」から出発しているんです。それが、ブームが本格化するにつれて女性同士のグループ旅行に変わり、若いカップルの初エッチ目的の旅に変わり、やがてローティーン化して、ペンションがラブホテル同然になったりして世間の非難を浴び、すたれていく。

 観光地では「アンノン族」が波紋を広げました。由緒ある寺社を雑誌片手に旅する若い女性は、最初はまるで古都を汚す存在のように言われましたし、女性の旅行者を受け入れた経験がなかった観光地では、若い女性のニーズを勘違いして、メルヘン路線にひた走りました。またある観光地では、どっと繰り出した旅行者の受け入れができず、臨時の宿坊ができたり、観光協会の事務所が臨時の宿泊に充てられたりしました。「観光」という産業が、まだ幼稚だった時代をようく表すエピソードです。アンノン族ブームを目当てに、ひとヤマ儲けようと企み、テニスコートをいっぱい作って自分の首を絞めた人もいました。

 単なる懐古趣味企画として思い立った特集記事でしたが、調べれば調べるほど、興味深い情報が次々と出てきます。おそらく、社会学的なアプローチでもっと詳細な取材をすれば、一冊の本ができてしまうくらいネタが豊富で、執筆する側にとっては嬉しい悲鳴です。取材の醍醐味がコレなんですよね。適当な企画で出発し、取材を進めれば進めるほど企画が練られていって、当初想像しなかったような内容になっていく……。こういう仕事に巡り合える幸運は、一年に一度もないでしょう。

 僕は社史の仕事もしていますが、20年前から50年前くらいの話が、いちばんエピソードも豊富で面白いのね。最近のネタの方が面白く思えそうですが、最近の出来事であればあるほど、妙に生々しくて、また歴史的な評価も定まっていませんから、書けそうで書きにくい。当事者自身も、20年以上の時間を経ていれば、当時はオフレコだったかもしれない話も時効になって、楽しそうに話してくれるんです。

 件の雑誌特集では、文字量の制約やレイアウト上の都合もあって、執筆できないネタがいっぱい残りました。いつか、これを元に新しいサイトを立ち上げようと画策しているのですが、さてさてどうなりますか。

2003年発行分

BEFORE← →NEXT
当ホームページに掲載されている原稿の無許可転載・転用を禁止します。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 2001-2004 tomoyasu tateno. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.