●債権回収トホホの1500日●(08) 2001年7月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

たった10分の法廷

 99年9月14日、いよいよ裁判の日がやってきました。場所は東京簡易裁判所4Fの402号室、民事法廷です。

 この日、僕は連れ合いの女性と、2人で法廷に乗り込みました。決められた時間まで、少し間があるようです。僕たちは法廷の中を覗き、自由に入ってもよさそうなことを確認すると、傍聴席で待つことにしました。

 ほう、これが簡易裁判所の法廷というものなのか、ずいぶんチンケだなあ……第一印象はこうでした。法廷といっても小さなもので、正面の高台に裁判官、その下に書記官、近くに立会人のような人(司法委員、のようです)もいます。よくテレビでみるような、被告人が立って証言するときのついたてのようなものはありません。左に原告の椅子とテーブルがあり、右に被告の椅子とテーブルがあります。それだけでした。

 傍聴席には、これから裁判を受ける人たちが出番を待っていました。つまり、どこの誰とも知らない他人さまの裁判を堂々と見物しながら、自分の出番を待つということです。目の前では、緊迫感のない裁判が、淡々と行われていました。一件あたりの審議時間が、2分程度のものもあります。多くは、クレジットカードの自己破産をめぐる裁判のようでした。クレジット会社の担当者が左に、借りすぎて返せなくなった若い被告人が右に座り、あっという間に結審していきます。なるほど、簡易裁判所に詰めているクレジットカード会社の法務担当者もいるのだなあと、このとき初めて知りました。

 さてさて、見物を楽しんでいる余裕はありません。しばらくすると、A社社長が、いつものようにサングラスとスーツ姿でやってきました。そして、僕の姿を発見すると、信じられないことに、ふっと口元に笑みを浮かべ、手を立てて「やあどうも」というふうに会釈するではないですか。僕は口を真一文字に綴じたまま、頭をこっくりとしただけで、視線をそらしました。やあどうも、の会釈はないだろう。さんざん迷惑をかけているくせに。

 目の前でどんどん消化されていく裁判を見ながら、僕は頭の整理をし始めました。どうやら簡易裁判所の裁判というのは、1時間に10件とか15件程度のペースでどんどん進むらしい。黙っていては、ペースに呑み込まれます。最低限言いたいことを言わないと、気が済みません。こういう緊張感のある場所ではアガルはずの僕ですが、不思議なくらいに冷静です。

 いよいよ僕の番が回ってきました。念のために証拠書類を詰めた重い鞄を携えて、僕一人が法廷に入ります。裁判官はさあっと訴えの内容を復唱し、被告人のA社社長に、訴えの内容に相違ないかと確認します。A社社長はこの場に慣れているのか、余裕のそぶりで堂々と、そしてあっさりと認めました。ありゃりゃ、もう認めちゃった。証拠書類をいっぱい持ってきたのに、少しばかり肩すかしです。裁判官は続けて、分割払いをしたいのですねと、被告であるA社社長に確認します。そうですと社長が答えると、僕にも分割支払いを呑みますかと聞いてきました。

 ここで僕は、「マズイ」と思いました。「呑みます」と答えると、きっと裁判はあっと言う間に終わってしまう。僕は、傍聴席でこれだけは言おうと決めたことを、一気にまくしたてました。

 「分割で支払いたいというのであれば、それは呑みます。しかしその前に僕は言いたいことがある。○○社長はこれまで一度も誠意のある態度をとってこなかった。これは我々立場の弱いフリーライターにとって我慢がならないことであり、まずはこの場で謝罪をしていただきたい」

 それまでの淡々とした裁判のやりとりの中で、それはとても違和感のある「肉声」の主張だったと思います。しかし裁判官は、少しばかり興奮して喋った僕の気持ちをすかすように、こうたしなめます。「まあ分割で支払いたいと言っているわけですから、その方向で話し合われたらどうですか。ね、そうしましょう。はい、では別室で協議をしてください」

 僕とA社社長は、立会人のような人に連れられ、同じフロアの小部屋に案内されました。ここでA社社長は僕に、「まあいろいろあったけどね、分割で支払いますよ」とにこやかに話し、立会人は分割支払いの条件について両者の意見を調整していきます。A社社長は3万円ずつの支払を提示してきました。以前は5万円の分割支払いをしたいから「異議申し立て」をしたと伝え聞きましたが、今回の言い分は3万円です。僕は3万円では承伏できないと主張します。結果的には3万円ずつでも支払ってくれさえすれば良かったのですが、相手の言い分を100%呑んだという事実は残したくない気持ちで、もっと早く支払を終えてほしいと主張しました。

 結果的には、99年10月末から3回は3万円ずつ、2000年の1月末から5月末までは4万円ずつ、最後の6月末に残金3万2710円を支払うということで僕は了解しました。総額が膨らんでいるのは、遅延金が付加されているためです。今度は小部屋を出て、もう一度法廷に戻ります。再び法廷の椅子に二人が座ると、裁判官は和解内容を読み上げ、両者に相違ないことを確かめて、これで終了です。合計して10分ほどの法廷でしたが、これが精いっぱいの主張でした。

 法廷を出て、彼女とエレベーターホールに向かうと、A社社長が先にエレベーターの到着を待っていました。僕たちの方を向いてA社社長は言います。

 「今度はちゃんと払いますから」

 しかし、その言葉は、その場限りのごまかしだったのです。

2003年発行分

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