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●債権回収トホホの1500日●(01) 2000年12月1日号
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あれれ、ギャラが入ってない 96年10月末の晴れた日でした。その日は、某編集プロダクション(仮にA社としましょう)から受けた某独立応援情報誌の取材で、某FC(フランチャイズ・チェーン)本部を訪れていました。「100万円以下で独立するためのFC事業の特集」がテーマの取材です。 早めに到着した僕は、買ったばかりのPHSを使いたくて、A社社長に電話を入れました。用件は2つありました。1つは今受けている仕事の進捗状況に関する相談。もう1つはギャラが入金されていないがどうなっていますかという問い合わせです。2つめは、ほとんど「ついで」の用件でした。 「いろいろと、ごたごたしてましてね、ちゃんと支払いますから、もうちょっと待っていてください」 電話口の向こうで、社長はとてもていねいな口調でそう言いました。僕は「ああそうですか、わかりました」と、何の疑いもなく電話を切りました。経理上の都合で入金が1カ月遅れになるとか、そういう例は何も珍しくなかったし、僕の方も収入は広告の仕事で確保していましたから、経済的にとくに困っていたわけでもなく、それ以上の追求は無用だと思ったのでした。まさか3年後に裁判ざたになるとは、微塵も想像できなかったのです。 A社と仕事をするきっかけは、僕の方からアプローチしたことに始まります。96年の春頃だったでしょうか。A社が朝日新聞の求人欄にライター募集の広告を載せていたことから、「たぶん仕事がいっぱいあるのだろう」と思って売り込みに行ったのが始まりでした。初めて訪問すると、その場で某独立応援情報誌の記事を書いて見ないかと言われ、僕は喜んでそれを受けました。ギャラはページ15000円とかなり安かったけれど、僕はそれでも雑誌の仕事がしたかったのです。 出版界は僕にとって未開拓な分野でした。コピーライターの仕事をずっとしていて、広告制作プロダクションを辞めたのが95年2月。原稿がきちんと書けるライターであると自負は持っていたものの、出版界での実績は皆無で、人脈もありません。独立して一年、収入の不安はなかったけれど、出版界に仕事が広がらない、広げる方法がわからない僕は、明らかに焦っていたのです。たった15000円のギャラですが、とりあえず雑誌の仕事ができる。それだけで僕はとてもウキウキしていたのでした。とてもウブな時期でした。 某独立応援情報誌の6号では、まず宅配ビジネスに関する記事を担当しました。自分でもなかなかしっかり書けたと思ったし、A社社長も高く評価してくれて、7号では2本の記事が任され、続く8号でも2本が任されました。冒頭で電話したのは、8号の取材先でのお話です。仕事は順調に進んでいましたが、実はこの頃になると、次第にこの雑誌から離れたくなっていました。 というのも、ちょっぴり怪しげな記事もある独立応援情報誌に愛着を感じることができなかったからです。世の中ではリストラが話題になり、第二の脱サラ・独立ブームが加熱するなか、怪しいFC事業に騙されたなどの社会問題もあって、この雑誌に関わっていてはいけないな、と思ったのです。仕事の進め方も少しばかり乱暴で、こんなやり方では質の高い取材・執筆はできないし、そのうち取材先に迷惑をかけることもあるんじゃないか、そう感じたのも理由の一つでした。 8号の作業が無事に終わり、9号も引き続きお願いしたいと言われましたが、そんな理由から、断ることにしました。毎年、さまざまな企業の入社案内の原稿を書いており、ちょうど入社案内制作のシーズン(冬〜春)が始まっていて「かき入れ時」だったこともあります。 8号が刷り上がってみると、筆者校正が反映されていない場所が一カ所ありました。それは、僕が会社員時代にお世話になったD社のフランチャイズ事業を取り上げた記事で、A社社長にはD社広報宛に謝罪文を書いてもらいました。やっぱり、この雑誌は質的に問題がある。取材先に迷惑をかけるのではないかという予感は的中したのです。もう二度とこの雑誌で仕事をするのはやめよう。……A社との関係を切る決定的な出来事でした。 その後も、何度かA社社長には電話をしましたが、「今ちょっと苦しいんですよ。もうすぐ新しい仕事も入りますから、そうなれば少し楽になる。ギャラもお支払いできます」、そんな一応もっともらしい理由をその都度つけて、社長はのらりくらりとかわします。 6号のギャラは96年10月末には入らず、7号のギャラは12月末には入らず、8号のギャラは2月末に入らず、合計255,000円のギャラと、31,318円の実費請求は宙に浮いたままです。「まずい会社と仕事しちゃたなあ」……つくづくそう思ったのは、97年が明けてからでした。 |
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