●こんな仕事してきた●(04) 2000年9月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

誰が行きたい、障害者の旅

 日本のある観光地(とりあえず○○としておきましょう)へ、障害者と健常者が一緒に旅をすることを活動内容としている団体があります。○○には僕も2年前初めて行きましたが、よくテレビに登場してくる穏やかな風景とはイメージが異なり、健常者の僕でもヒーヒーハーハー息を切らしながら歩かなければならないような過酷な道程の観光地です。車いすでのアクセスは、空飛ぶ車いすでもない限り、100%不可能です。

 そんな○○へ、車いすを利用する障害者などが数10人規模で出かける。この団体の存在を教えてくれた車いす輸入販売の担当者は、「健常者が車いすごと担ぎ上げて、○○を歩くんですよ」と嬉々として話していて、これは面白そうだ、ぜひ取材したいと思いました。

 ところが、間もなく実行日を迎えるというある日曜日、その団体のミーティングにおじゃまして、僕はガックリしました。何しろ、誰が当日のチームリーダーを務めるのかという、とても大切でシンプルなテーマの話し合いがさっぱり進展しないのです。

 私は前回やったから、私はそんな任に耐える人間じゃないから、と延々と決まらず、最後は責任を分担してリーダーは2人にしようという究極の平等主義的な結論が出されて、古株の一人が「リーダーが2人だなんて無責任があっていいのか。○○(の自然)を舐めるんじゃない!」と怒りだし、沈痛なムードのなかで、結論は先のばしになったのでした。

 それは、新築分譲マンションに入居した見ず知らずの居住者が初めて集まり、誰が自治会の役員を務めるべきかを話し合うとき(僕にはその体験があります)以上の、空虚な話し合いでした。

 ミーティングに出ていて一番不思議だったのは、一体誰が○○へ行きたいのか、傍観者の僕にはさっぱり見えてこなかった、ということでした。出席していた障害者から○○を旅する楽しみやワクワクが一度も語られず、サポートする人間も腰が引けている。定例化しているから今年もやる、という感じがありありで、ただ継続させるためだけにやるのなら、いっそ行くのやめれば? と何度も言いそうになりましたが、取材者としては出しゃばりすぎです。

 おそらく最初は、自発的に○○へ行きたいと言い出した重度障害者と、よっしゃ、それなら応援するぜと自発的に助っ人を買って出た介助者による、とても熱気のある活動だったのでしょう。無謀だという外野の意見を押しのけて、わっせわっせと○○を旅することに成功した、その喜びはさぞかし大きかったと思います。

 ○○を障害者が旅するということは、非常に意味深いテーマを内包しています。それは、前々回のコラムでも書いたように、「行けるところに行くのではなく、行きたいところに行くのが旅行だ!」という当たり前のメッセージを、「バリアフリーな観光施設ができて良かったね」と安堵している健常者に提示する、絶好の催しであったはずなのに、勿体ないなあと僕なんかは思ったのです。

 確かに、障害者の旅、高齢者の旅は、徐々にではありますが市民権を得てきました。大手旅行会社でもそんなパック旅行を企画したりしていますし、障害者専門の旅行会社もあります。関東では伊豆や信州を中心に、バリアフリーな観光施設が点から線に、線から面に広がり始めています。でも、だからといって、便利なところだけ選んで行くのは、僕が障害者ならヤだな、と思います。

 車いすでアクセスしにくい所へ行って、「バリアだらけじゃないか!」と抗議するとか、運動するとかいう手荒なやり方ではなく、ほらね、ここを旅したいと思ってやってくる障害者だっているんですよ、ね、ね、ね〜? という印象だけは、旅先に刻んでおきたいですね。

 「行けるところに行く」から「行きたいところへ行く」へ、意識が変わっていけばいいなと僕は思います。その意味では、伝え聞いている限り、新聞などでちょくちょく名前が出ているトラベルデザイナーのおそどまさこさんは、面白い試みをしてらっしゃるなあと注目しています。まだお会いしたことはありませんが、いつの日かおそどさんの「旅行談義」を、八ケ岳の裾野で聞いてみたいなあと思うのでした。

2003年発行分

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