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●今月のコラム●(04) 2000年9月1日号
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あっちでズレて、こっちでズレて 雪印乳業の食中毒事件は、この夏を代表する事件となりました。企業の危機管理意識が欠如している、食品を提供する企業としての衛生管理が甘すぎる、そもそも日本の企業に共通している組織構造の問題だ、などなどいろんな見方があったわけですが、僕はもっともっとベーシックな部分に、どうも引っかかるのです。 それは、「誰のために事業を行っているのか」という一番根本的な視点が、すっぽり抜け落ちているということです。要するに、客の立場にたって商売をするという、経営者としての基本中の基本がすっからかんで、客の思いと見事なまでにズレている。いま客が何を心配しているのか、いま客が何を知りたいと思っているのか、いま客が何をしてほしいと思っているのか……このすべての面で、雪印は後手を踏んだ結果、あそこまでの大騒ぎになったし、信用を失ったのです。被害に遭った方や不特定多数の大衆は、食中毒事件への怒りというよりも、自分たちのことを何一つ考えないで商売していた雪印という企業のずさんさに怒りを燃やし、あきれ果てたのだと、僕は思っています。 ほんのひと昔前、CS(顧客満足)経営という言葉がもてはやされました。日本のビジネス社会にありがちな、一時的なブームに終わった感がありますが、CSは商売の基本といえます。CSを構成する一つにクレーム対応というのがあって、クレームへの適切な対応こそが顧客満足アップに繋がる、という考え方があります。つまり、仮に商品に不具合があったとしても、客のクレームにきちんと対応することで、逆にその客が自社のファンになってくれる可能性がある、ということです。顧客第一の考え方があれば、誰でもできることです。だけど、雪印にとって一番大事なのは客ではなく自社のブランドだったわけですから、何をか言わんやです。 話は急に飛びますが、僕が未だに怒っている出来事の一つに、この前の衆議院選挙中に森首相が言った「投票率は低い方がいい」発言があります。他にも森首相には舌禍事件が数々あるようですが、僕がいちばん許せないと思うのは、この発言でした。その理由は、経営者における客と同様、政治家でありながら国民のことをまるで考えていないということです。「政治家がうまいことやるから、国民は黙って言うことを聞いていなさい」とは言っていないけれど、意味は同じこと。雪印と同様「与える側の論理、視点」しかなくて、主人公である客、国民の存在がぽっかり抜けています。 半年ほど前、ある一部上場企業の社長をインタビューした時に、「日本はお上主導の時代が長すぎた」と言っていたのを思い出しました。戦後の焦土から日本を再生させるときはお上主導の国家づくりが必要だったろうが、力点をお上から国民に移すタイミングを失ってしまった。それがここに来て、いろんなひずみに繋がっている、そんな意味の話を、その社長は問わず語りで喋り始めました。「与える側の論理」から「与えられる側の論理」への転換が、たとえば教育であったり、福祉であったり、その他もろもろの分野で進んでいなくて、その「与える側の論理」は企業社会にもこびりついている、ということ……。 こうした問題意識は、僕が3年ほど前に福祉関連の取材を始めた時にも、すぐに感じたことでした。福祉の世界も、驚くほど「与える側の論理、視点」が蔓延している世界です。これについては、車いすの給付制度の実例をまじえて、近々別のコーナーで書きつづることにしましょう。 |
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