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【アーカイブス】
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書庫1●ぞっこん名盤セレクション
〜70年代ロックのきら星たち〜
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●ここで取り上げたアルバム
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●「毎日中学生新聞」(毎日新聞社)97年1月13日号 掲載 (17)ピーター・フランプトン 「二度あることは三度ある」という諺があるように、悪いことは本当に立て続けに起こるもんだ。 これは僕の実体験だけど、昨年の秋からロクなことが起こらなかったよ。まずはバイクで正面衝突を避けようとして転び、怪我をした。取引先の某社の経営が悪化してギャラが支払われなくなった。パソコンが突然クラッシュした。取材には欠かせないテープレコーダーが壊れた。ビデオカメラを倒して壊した。ほかにもいろいろあるけど、書き出したらきりがないよ。悪魔の呪いとしか思えない日々だったなあ。 しかし、今回紹介するピーター・フランプトンの生涯はもっと凄いぞー。彼はもともと、ハンブル・パイというそこそこ有名なロックバンドのギタリストだった。バンドを脱退してソロとしてデビュー。1976年に発表したライブアルバム「フランプトン・カムズ・アライヴ!」は全世界で1000万枚以上という驚異的なセールスを記録した。 どうだい、とんでもない記録だろう。2枚組のこのアルバムからは、3枚のシングルがカットされて、なかでも「ショー・ミー・ザ・ウェイ」は、毎日のようにラジオでかかっていたよ。 だけどピーター・フランプトンなんて名前、キミたちは知らないだろうな。「ショー・ミー・ザ・ウェイ」を聴いても耳なじみがないだろうな。 それもそのはず、彼はアルバムの大ヒットで生涯の幸運を全部使い果たしてしまったのか、それ以後は信じられないような不幸が続いた。 まずは78年に自動車事故で肋骨や腕の骨を折り、頭部にも12針を縫う怪我を負った。長年の恋人との別離も大きな痛手になった。さらに、80年には愛用の楽器を乗せた飛行機が墜落。公演先のプロモーターからは公演キャンセルの訴訟を起こされ、踏んだり蹴ったりのツアーになった。 大ヒットアルバムを送り出した後のプレッシャーもあって、その後の作品の評価はイマイチ。彼はいわゆる「一発屋」になってしまったんだよね。不幸の数珠繋ぎと形容するにふさわしい人生だよな。今では誰もが忘れ去ったミュージシャンさ。 そんな彼は、こともあろうに最近「フランプトン・カムズ・アライヴ!2」を発表した。20年前の栄光をもう一度……なのか、開き直ってゼロからのスタート……なのか。 ただ、ジャケットに写っている彼は、どこか吹っ切れた表情をしている。「ヒットするかどうかなんて、どうでもいいのさ。楽しく音楽できて、その楽しさが客に伝わればいいのさ」。そんなメッセージが聴こえてくるような気がするよ。 |
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