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書庫1ぞっこん名盤セレクション 〜70年代ロックのきら星たち〜

●ここで取り上げたアルバム


「対自核」


「ライヴ・イン・モスクワ」

●「毎日中学生新聞」(毎日新聞社)96年4月16日号 掲載

(2)ユーライア・ヒープ

 キミたちは多かれ少なかれ、初恋を経験しているんだろうね。好きな子のことを考えると、胸がキュンキュンしてくるだろ。好きな子が体育の時間にドジしたとしても幻滅したりはしないし、むしろ余計に恋心が募ってきたりするよね。

 こんな話を持ち出したのも、今回紹介するユーライア・ヒープというロックバンドが、ロックミュージックにおける僕の初恋のようなバンドだからなんだ。

 往年のハードロックバンドといえば、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープルなどを挙げる人が多いけど、彼らはほんの一時期にしろ、これらと肩を並べるほどの注目を浴びていた。

 ユーライア・ヒープの名が日本に登場したのは、72年、3枚目のアルバム「対自核」のタイトル曲がシングルでリリースされた時。ロックバンドとしては最大の大音響でコンサートをするという伝説があって、僕なんかはそれだけで胸がときめいてきたな。

 今から思えば、日本デビューとなった「対自核」というアルバムがユーライア・ヒープの最高傑作だった。その後は73年の初来日公演も散々な評判(僕は興奮したけどね!)で、やがてボーカリストがクビになり、サウンドのかなめだったキーボード奏者が脱退して、B級グループに落ち込んでいったんだ。

 おまけにその後のアルバムはあまりいい出来じゃなかった。だけど、僕にとってユーライア・ヒープは初恋の女の子みたいな存在なんだ。どんなに人気が凋落しようと、僕だけは応援しているぞって思ってた。

 そんなユーライア・ヒープが「どっこい、オレたちを忘れちゃダメだぜ」と強烈なインパクトを与えたのが、88年発表のモスクワでのライブ盤だ。デビュー当時からのメンバーで残っているのは、陽気なギタリストのミック・ボックスおじさん1人だけだけど、エネルギッシュですてきなライブ盤になっている。残念ながら、このアルバムは輸入盤でしか手に入らないけどね。

 ユーライア・ヒープは東欧諸国ではかなりの人気で、モスクワに初めてやってきた西欧諸国のロックバンドになった。ライナーノーツによると、「モスクワのオリンピックスタジアムで10回プレーし、18万人もの観客を動員」したそうだ。ちなみに昨年95年には、結成25年にしてアルバム「シー・オブ・ライト」を発表した。

 今回は、彼らの初期の名作を盛り込んだベストアルバム「ベスト・オブ・ユーライア・ヒープ」を推薦するよ。キミのロックミュージックの初恋はだれなんだろう。他人がどう評価しようと、キミは末永く応援するんだよ。

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