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書庫3シルバーシート(優先座席)なんて、もういらない?
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【前半】
(1)優先座席の廃止ではなく全席拡大
(2)シルバーシート誕生の舞台裏

【後半】
(3)優先座席は日本独特のものか
(4)やっぱりいらない? シルバーシート

「通販生活」(カタログハウス)2000年4月発行号 掲載

(3)優先座席は日本独特のものか

 シルバーシートを生み出した背景について改めて考えてみた。そこには、高齢者や障害者は一般社会とは隔離されたような施設で特別に面倒を見ればいいという、戦後繰り返してきた福祉の思想が見え隠れしているように思える。

 対象者への支援をシルバーシートで完結させてしまっており、対象者ではない人々の思考力や想像力を奪ってきた部分がある。それは例えば、「対象者は一般の座席ではなく、シルバーシートに行けばいい」といった風潮に表れる。「障害者は社会に出てくるな、施設に行けばいい」という古い考え方と同じ脈略で。

 また、高齢者や障害者のための行動や施策を、その中身を問うことなく無条件に「良きこと」として祭り上げてきたツケが回っているという見方もできる。席を譲ることを「よい子の特別なやさしい行為」としてしまったから、席を譲ることに気恥ずかしさがこみあげる。「良きこと」ではなく「当然のこと」なのに。

 そんな日本特有の福祉観が、不要論を押しのけてシルバーシートを産み育ててきたのではないか。日本を知る外国人からは「わが国では、あんなものなくても当然譲る。シルバーシートはむしろ福祉の遅れの象徴だ」という手厳しい指摘も聞こえてくる。

 いったい、日本以外ではどうなっているのか。そんな疑問をぶつけたくて、公共交通などのバリアフリーを研究している藤井直人さんにお会いした。事前に質問要旨を伝えてあった。

「まず、どうして優先座席が日本だけでこうも定着しているのか、というご質問ですけどね。実は私が把握している限り、イギリスやアメリカにもカナダにも優先座席はあるんですよ」

 思わず、えっ?と声を上げてしまった。持参していただいた法律関連資料には、確かにイギリスとアメリカでは「Priority seat(優先席)」、カナダでは「courtesy seat(あえて訳せば思いやり席)」と明記されている。

「現地に行った時の印象や、こうして改めて文献を見た限りでは、(優先座席が)海外にもあるというより、むしろ、海外の方が明確に基準化されていると思いますよ」

 福祉の世界では、高齢者や障害者だけのための「バリアフリー」よりも、皆が等しく共有できる「ユニバーサルデザイン」の考えかたに力点が移りつつある。バスを例に出せば、リフト付きバスではなく、皆が使いやすい低床バスを率先して導入したのはヨーロッパだ。

 なかでもイギリスは、高齢者や障害者の移動の権利が法的に守られ、車いす利用者でも健常者と同じようにバスやタクシーに乗車できると伝え聞くし、少なくとも日本よりは席を譲るマナーが徹底しているとも聞く。

 こうした土壌があるにもかかわらず、イギリスでは、あえて1998年に特定の人向けの優先座席を基準化した。バリアフリーでもユニバーサルデザインでも埋められない部分があることを、知っているからなのか。

(4)やっぱりいらない? シルバーシート

 日本でシルバーシートを始めた動機に、ねじ曲がった意図があったとは思わない。ただ、十分な議論なしで、シルバーシート(優先座席)というシステムだけが、四半世紀前にポツンとできてしまったのは事実だ。

 阪急電鉄の試みは、一部優先座席という状況をいったんご破算にし、本来あるべき姿にリセットし直したという点で、やはり評価すべきだと私には思えてくる。関西では、阪急に追随する動きがいくつかの鉄道事業者で見られる。

 全席優先座席は最終的に到達すべきゴールではなく、たぶん、スタートラインなのだろう。席を譲るのは当たり前というコンセンサスが車内を満たし、「全席優先座席」の表現さえ陳腐化したとき、イギリスのように最も着席を必要とする人のための優先座席がやっぱり必要、という議論が新たに出てくる可能性はある。

 もちろん、揺れが激しく、入口・出口が限定されるバスの場合は優先座席の存在意義は大きい。しかし、少なくとも鉄道の場合は、現時点で次のように言ってしまってもいいのではないだろうか。「古い概念のシルバーシート(優先座席)なら、もういらない」と。

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