1980年の変わり身

 「電車の中での携帯電話」が迷惑だとして、一気に追放ムードが盛り上がったのは90年代末期。その20年前には、「劇場などでのデジタル腕時計騒音」が同じような脈略で問題視されました。事前にタイマーセットした時間に、あるいは一時間ごとに、あるいは操作のたびにデジタル腕時計たちはピピッと音を出し、持っている本人もどうやったら止められるのかわからなかったりして、確かに、映画館やお芝居、コンサート中に耳障りではありました。

 今では聞き慣れた電子音ですが、人間の本能からすれば違和感のある音域だからなのか、とくに当時はとても不快な音に聞こえました。不快には思うのだけれど、徐々に身近なところで耳にする機会が増え、このまま電子音が生活の中に溶け込んでしまうのかなあ……そんな時代が1980年でした。

 話のついでに、デジタル腕時計を取り上げましょう。ここでいう“デジタル”腕時計というのは、駆動方式がどのようなものかよりも、主に表示方法によってそう呼ばれていたもので、時針・分針・秒針で時間表示するのではなく、液晶画面 で時間を数字表示したものが、デジタル腕時計だというのが一般的な認識だったと記憶しています。当時は、針の刻みで時間表示するなんてアナクロ(時代遅れ)だ、という気分が強く、数字で表示した方が格好いいし、これからの主流に違いないと多くの人は考えました。

 1980年1月7日の朝日新聞には、日本時計協会から得た情報として、79年末のクリスマス贈答需要でデジタル式がよく売れ、79年の生産量 合計で初めてデジタルがアナログを上回ったようだ、との記事が出ていました。ちょうどこの頃が、アナログからデジタルへの過渡期と考えることができます。時計としての風格を重んじ、基本性能に忠実で王道を行くような商品を出し続けていた老舗メーカーに比べ、電卓メーカーのデジタル時計は手頃な価格が魅力。しかも、将来まで使えるカレンダー機能やら計算機能、世界時間表示機能などオマケの機能が満載で、人々の消費意欲を刺激するのに十分でした。

 ゲームの世界では、一足早く、デジタル台頭の動きが始まっていました。契機となったのは、1978年登場のインベーダーゲーム。コンピュータゲームは他にもありましたが、インベーダーゲームのインパクトは大きく、街の喫茶店はこぞってゲーム機付きの机に入れ替えたものです。ただ、78年夏から79年春にかけて一大ブームを起こしたインベーダーゲーム人気は一年ほどで峠を越え、80年8月には同ゲームをゲームセンターなどに供給していた当時のゲーム機メーカー最大手が負債40億円を抱えて倒産してしまいました。

 ちょうどこの頃、人々のハートをキャッチし始めていたのは、難解なパズルゲームのルービック・キューブです。ヨーロッパで大流行していたものを、日本ではツクダオリジナルが販売、値段は1980円でした。白、赤、黄、緑、橙、青の6色からなる正六面 体の玩具で、くるくる回転させながら色をあわせるという、単純だけれど知的なところが受け、7月25日の発売以来、とくに宣伝もしないのに1ヶ月あまりで15万個が完売になる勢いでした。見事に色を合わせることができた人には「キュービスト認定証」が発行されましたが、発売後1ヶ月あまりの時点で成功者はたったの30名だったそうです。

 この玩具を好んで買っていったのは、30代、40代の大人たちでした。昼休み時、社員食堂の片隅でガチャガチャ遊ぶ光景も各所で見られたことでしょう。耳障りなピコピコ音のインベーダーゲームよりも「やっぱりこっちがいいや」と思った方も多かったに違いありません。ただ、あまりの人気に、肝心の年末シーズンには在庫切れを起こすなど売り切れが続出し、多くの子供たちはやっぱり電子ゲームをねだったようです。この流れは、85年のファミコン誕生で、決定的なものとなっていきます。

 冒頭でふれた腕時計のデジタル化は、やがて、アナログ表示の反撃がやってきて、今ではアナログ表示が圧倒的な多数派になりました。もっとも、携帯電話に表示される時間を頼りにする人も多く、腕時計という商品そのものが過渡期を迎えているのかもしれません。

 今となっては、時計はアナログ、ゲームはデジタルという勢力図がほぼ固まりました。しかし1980年は、時計はアナログからデジタルへ、ゲームはデジタルからアナログへと、ちょうど逆の方向へ雪崩を打っています。新しい流れがあれば、必ず揺り戻しがあるのが世の常。振り子が逆方向に振れたピークが1980年だった、と言えそうですね。

 
当原稿執筆/2002年12月16日
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