1980年のイロイロ
 

 ヘアーが見えるヌード写真やビデオが全然珍しくなくなった今となっては、信じられないような別世界の時代、それが1980年でした。当時はヘアーが見えるものは一切御法度。まっとうな生活をしている限り、少なくともメディアを通じてヘアーや陰部を拝めることはまずありませんでした。性的な模写も、かなりの限界があったといえます。

 隠されれば隠されるほど、「あそこ」が見たいと思うのが男の本能。「あそこ」は無理でも、コーフンするような性模写は、やはり見たい読みたい。そんな男たちの欲望をかなえていたのは、日活ロマンポルノでした。日活がロマンポルノ路線に走り始めたのは1971年ですが、この頃にはすっかり定着して、前年の79年は1470万人の観客を集めたそうです。

 芸術性はともかくとして作品性はとても高く、後に有名監督を数々送り出してもいます。最近では女性限定の上映会がとても盛況だそうで、映画としての評価も高い。キネマ旬報のベスト10入り作品も多く、個人的には「秘(まるひ)色情めす市場」(1974年、監督・田中登)や「赫い髪の女」(1979年、監督・神代辰巳)などが名作として思い出されます。一番好きな女優さんは亜湖さんでした。強さと可愛らしさを持ち合わせた演技力抜群の女優さんで、NHKのドラマにも渋い役どころで何作か出演していたはずです。

 ただ、今は再評価されているロマンポルノも、当時はあくまでアウトローな映画で、「わいせつ」視されることも多かった。ロマンポルノ初期の作品が摘発された「日活ロマンポルノ事件(いわゆる、わいせつ裁判の一つ)」は一審無罪の判決で、1980年の二審判決でも無罪となりました。しかし一方では、野坂昭如さんの作品「四畳半襖の下張」が同年の最高裁判決でわいせつとされ、有罪の判断が下されています。何がわいせつなのか、議論が渦巻いたこの時代には、懐かしささえ覚えます。

 しかしながら、ロマンポルノが始まって10年近くなると、男たちの欲望も過熱していきます。もっと過激なもの、刺激の強いものが見たい。そんな男たちの前に現れたのは、1980年10月に公開された洋画の「カリギュラ」です。官能の限りを尽くした暴君の皇帝を主人公としたペントハウス出資の作品で、エログロ度満点との評判で日本に上陸しました。さらにビニール本、いわゆるビニ本も秘かに流行していました。1980年には当局も、いよいよ摘発に乗り出しています。ちなみに1982年には伝説の裏ビデオが登場しますが、これが別項の「VHS対β」戦争にケリをつけた話は、裏面史としてあまりに有名です。

 さて、ここまでは単純でおバカな男たちのじゃれごととして笑って済まされるわけですが、一方では、深刻な国際問題が浮上してきます。それは、東南アジア買春ツアーでした。国連婦人の十年世界会議が開催されたのをキッカケに、フィリピンの女性たちから「日本人男性のセックスツアーを中止せよ」という、強い調子の声明文が日本政府に寄せられたのです。

 これを報じた朝日新聞の記事によれば、70年代に入ってからアジア方面への海外旅行が増え、その8〜9割は男性だったそう。とある業界のセールスマンが大挙したフィリピン団体ツアーで、半分以上が現地の女性と「お見合い」をした上でホテルの自室へ「お持ち帰り」した実例も告発されました。9月末に初めて開催された世界観光会議は会場がフィリピンのマニラだったこともあり、この問題が焦点になっています。10月には国会に旅行業界の代表を呼び、野党議員が買春ツアー対策について問い質してもいます。

 それにしても信じられないのは、家庭欄に寄せられた読者の投書で「夫の買春ツアー参加には妻の責任も」という内容が掲載されていること。要するに、仕事がらみとはいえ、旅先でそうするかもしれないと思いつつ、お土産をねだって送り出している妻も悪いという論法なのですが……。男性ばかりに向けられる非難の矛先を女性にも向けようとするあたりは、担当編集員の意図さえ感じます。

 時代は巡り、「もっと刺激の強いものが見たい」という正直な欲望と、「性表現の自由を守りたい」とする動きが相まって、91年には実質的なヘアー解禁となります。今ではインターネット社会の訪れもあって1980年当時に燃えたぎっていた男たちの欲望はほぼ叶い、秘めたる部分はごくわずかになりました。このことと少子化が関係するのかどうか、興味深いところではありますね。

●関連情報

女性の身体を解説した本がベストセラーに

 1980年のベストセラーには、別項でもふれた山口百恵さんの『蒼い時』(集英社)や、同じく別項でふれたツービートなど漫才コンビの本がありましたが、隠れたベストセラーに女性の身体をイラストで解説した『ウーマンズ・ボディー』(鎌倉書房)もありました。基本的には、家庭向けのわかりやすい医学書で、内容はいたってまじめなものでしたが、9月の発行以来、この手の本としては異例の追い刷りを重ねることとなりました。おりしも産婦人科医院による非常識きわまりない乱診事件が起きていたため、女性自らが自分の身体を知ろうとしたからではないか、と関係者は分析していましたが、僕には表向きの理由に見えます。実際のデータがないので邪推の域を出ませんが、少なからずの男性がこれを買ったか、妻に買わせたか、妻が買ったものを秘かに見ていたはず。何しろ、「あそこ」が堂々と拝める数少ない印刷物だったのですから。

 
当原稿執筆/2002年11月17日
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