1980年の規格競争
 

 「ベータマックスはなくなるの?」。センセーショナルなキャッチコピーで始まる広告を、ソニーが新聞に掲載したのは1984年1月。いわゆるネガティブキャンペーンという手法で、あえてマイナス材料になる話題を掲げて注目を集め、消費者にしっかりとしたメッセージを届けることを狙った広告でした。

 こうした広告が出たということは、この時にはすでにベータが劣勢に立たされ、VHSが多数派になっていたことが明らかです。この広告が掲載される少し前から、ベータ陣営についていたはずの家電メーカーが徐々に輸出用を皮切りにVHSの製造をはじめ、陣営から一社ずつ抜け出していきました。1988年にはソニー自らVHS方式の発売に踏み切り、ついに2002年8月、「ベータマックスの生産を間もなく終了する」と発表します。

 80年代後半までベータマックス派を頑ななまでに押し通した僕としては、実に複雑な思いでした。今でも「ベータの方が画像はきれいだった」と思っています。押入の奧には、テープ一本3500円もしていた70年代末期にテレビ録画した貴重なソフトが眠っていて、数年前に買っておいたベータのデッキで、ごくまれに再生して楽しみます。この機械が壊れたら、どうなるんだろう。感情をぐっとかみ殺して、「ベータマックスはなくならないんじゃなかったの?」と問いかけたい気分です。


2機種とも、1980年当時に売り出された新商品。

 さて、話題は1980年です。この年はまだ、VHS対ベータの決着がついておらず、6対4か7対3くらいでVHSが有利かな?という時代です。ビデオデッキは正価で20万円を超える高価な品物だったこともあり、普及率は80年3月時点でたったの2.4%。ほとんどの人にとっては、どちらかの規格を選ぶ以前の問題だったわけです。

 そんな1980年に、早くも次の規格争いが始まっていました。一つは当時「絵の出るレコード」と言われていたビデオディスクです。VHS陣営のビクターはVHD(静電容量)方式、ベータ陣営のパイオニアや欧州市場で力をもつフィリップス社は光学方式(レーザーディスク)、アメリカ市場で力をもつRCA社はRCA方式を主張し、規格統一が進まないまま見切り発車状態となったのです。当時通産省は「規格統一してから売り出すべき」と指導したようですが、結局、調整はつかなかったのでした。

 もう一つは、「新方式のレコード」と言われていたディジタルオーディオです。ここでも3つの方式がありました。フィリップス社やソニーが提唱する光学方式、日本ビクターが提唱するAHD(静電容量)方式、そして西ドイツのテレフンケン方式(針式)です。

 こうして説明している僕も混乱してしまうほど、わかりにくい勢力争いが繰り広げられていたわけですが、少なくとも日本国内のディジタルオーディオについては、意外にも早く決着がつきました。ビデオテープレコーダーでは、子会社の日本ビクターが開発したVHSを選んだ松下電器が、早々と、光学方式を採用すると発表したからです。これによって「新方式のレコード」は光学方式に軍配が上がりました。この光学方式こそが、今のCDです。

 ビデオディスクは、ビデオテープレコーダーと同様に、VHD対レーザーの規格争いが長引きました。しかしやがて、レーザーカラオケの浸透もあって、レーザーディスクの優位が固まっていきます。80年代に普及を始めた光学方式のCDが、同じ光学方式のレーザーディスクを後押しした、と見ることもできるでしょう。

 時代はいきなり飛んで、21世紀初頭の今も、激しい規格争いが繰り広げられています。映像系では複数のDVD規格があり、ハードディスクレコーダーやD-VHSなんてのもある。次世代DVDといわれるブルーレイや青色レーザーも気になるところです。オーディオ系ではDVDオーディオとか、スーパーオーディオCDなんていうのもあるそう。もうここまで来ると、僕にはさっぱりわかりません。

 最近、MDに関する取材をしたことがあります。ここで初めて知ったのですが、日本では多数派になったMDも、海外では一部を除いてあんまり普及していないらしいんですね。DVDプレイヤーやDVDレコーダーになると、海外ではさらにほとんど普及していないらしい。アナログレコードからCDに移行するとき、日本では異常なまでの速さでCDが普及しましたが、どうやら日本人は、新しいメディアが大好きな人種といえそうです。時代はMDだ、DVDだ、などと早計に判断すると、後で後悔する可能性もちょっぴりありそうですね。

 誰も覚えていないでしょうが、76年にはソニー、松下電器、ティアックの共同開発によるオーディオメディアのエルカセット(ビデオカセット並に大きいオーディオカセット)なんてものが発売されたことがあります。当時はまだコンパクトカセット(いわゆる音楽用カセットはこれです)の音質が悪く、オープンリールテープを好む人も多かったため、オープンリールの音質の良さとコンパクトカセットの便利さの中間を狙った規格として、日本で勇み足気味に発売したものでした。これに早々と手を出したオーディオマニアは、きっと後悔したことでしょう。

 一年前から、古いレコードをどんどんMDにダビングし、中古レコード店に売っ払い始めていた僕ですが、最近それをぴたっと止めました。大切なソフトはそのまんま取っておき、ハードも大事に使って残しておく。これが賢い自衛手段だという気がします。

 10年後、「MD(DVD)はなくなるの?」という広告が出ないことを、秘かに祈っておきましょう。

●関連情報

VHSでもβでもない、第3の規格ができていた

 1980年の新聞縮刷版を見ていて驚いたのは、6月11日の朝日新聞に掲載されていた記事。東芝がVHSでもβでもない第3の方式を商品化する、というものです。録画・再生ヘッドを固定式にしたのが特徴で、VHSやβよりも小型化ができるそう。テープの大きさは縦横14センチの正方形で、厚みは36mm。ビデオテープレコーダー商戦で出遅れた同社が起死回生に考えた新方式でしたが、結局世の中には出なかった様子。叶うならば、その試作機だけでも見てみたい気がしますね。

 
当原稿執筆/2002年11月17日
加筆訂正/2004年4月1日
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