1980年のプッハー
 

 1979年1月に起きた第二次オイルショックの影響を引きずって、1980年は公共料金などの値上げが相次ぎました。とくに、電力やガスといった生活インフラの料金は一気に5割前後の大幅値上げで、これに伴ってエネルギー依存型の商品のみならず、さまざまな分野で値上げが続いたのです。

 とくに関心を集めたのは嗜好品のタバコやビールです。ビールは当時トップシェアを維持していたキリンが値上げを先行し、他社が右へならえで追随するかっこうとなりました。この頃には、ビールが日常的に愛飲されるお酒となっていましたから、庶民にとって値上げは大きな打撃となったはずですが、新聞紙面を見る限り、かつてのように不買運動が広がった形跡はありません。庶民の生活は安定し、経済的余裕も生まれて、ビールの値上げくらいは許容できるようになっていたのかもしれません。

 新聞紙面を見ていて、値上げよりも話題になっていたのは、「樽生」戦争でした。40代以上の方ならよく覚えていると思いますが、この頃、アルミ製の樽に入った2リットル・3リットル入りの生ビールが大受けし、グングンと人気を集め始めたのです。

 きっかけとなったのは、アサヒビールが1977年5月から関東方面で売り始めた7リットル入りの樽生ビール。ビアホールの味を連想させる樽入りビールを、業務用ではなく家庭用に売り出したのがミソです。78年には販売地域を全国に拡大、79年5月からは3リットル入りの「ミニ樽」を投入し、ブームの下地ができました。そして、1980年4月からはサッポロビールも参入。サントリーもスチール製ミニ樽をアルミ製にかえて発売を始め、アルミ製樽生ブームが1980年に、一気に花開いたのです。

 実は、樽生ビール以外に、ミニボトル入りのビールも本格的に出始めました。リングプルをぐいっと引いて、そのまま飲めるガラス瓶入りの小容量ビールです。ビールの品質や価格に差が無く、後はライフスタイルに応じた容量多様化の商品開発しか方法が無くなっていた時期と見ることができます。バイオ技術は広まっておらず、新しい酵母の開発も進んでいなかったのでしょう。

 ただ、今改めて、当時の樽生ビールやミニボトル入りビールを眺めてみると、結局はビールの値上げをゴマ化す格好の知恵だったのじゃないかなあと思えてきます。大瓶ビールや普通サイズの缶ビールなら、価格の違いが値上げに映りますが、容量の異なる樽やミニボトルなら値上げも目立たない。当時僕は社会人一年生でお金がなかったこともあって、容量当たりの値段を比較したことがありましたが、樽生ビールは、通常の瓶ビールよりも割高だったことをよく覚えています。

 ところで、21世紀に入ってからはビールサーバーが人気となりました。一見、新しいグッズに見えますが、1980年前後に流行した樽生のアレンジ版と見ることもできますね。歴史は繰り返す、ということでしょう。

●関連情報

王者・キリンの牙城が崩れ始める

 ビール値上げをいち早く発表するなど、業界をリードする王者でもあったキリンビール。当時は全国シェアで50%以上を維持し、「ビールはキリン」のイメージも強かったわけですが、この数年ほど前から風向きがあやしくなってきました。キリンを追いかける3社が「生ビール」攻勢を強め、さらに「樽生」で追い打ちをかけたのが主な原因。1980年5月には東京でついにシェア50%を割り込んでいます。しかし、当のキリンビールは昔ながらの正統派・瓶入りラガーを大々的に宣伝していて、王者の風格を保っていました。結果的に1980年は、冷夏の影響でビールの消費が大幅に落ち込んだ年。シェア低下と冷夏の洗礼を浴びたキリンビールとしては、涼しい顔でいられなかったことでしょう。

▲「これぞ正統派ビール」と言いたげな広告。瓶ラガーが旨いのは事実だけれど。

アルミメーカーにビール用途の追い風

 思いがけない「樽生」ブームでホクホク顔だったのは、アルミメーカー。当時は、需要に供給が追いつかないほどの人気で、各社は生産ラインをフル稼働させました。ビールは「瓶入りが基本」だったわけですが、スーパーマーケットなどでバラ買いする人が多くなってきた影響もあって、徐々にアルミ缶入りビールの「軽さ」が人気を集めていきます。サントリーがペンギンをキャラクターにした缶ビールを大々的に売り出したのは1985年頃。「樽生」で築かれたビール会社とアルミ会社の蜜月関係が、缶ビール主流の時代を支えた、と見ることもできますね。

 
当原稿執筆/2002年5月23日
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