1970年の住宅事情

 

1970年の新聞縮刷版を見ていて驚いたのは、不動産広告の多さです。とくに多かったのは都市近郊のマンションでした。これらは、どちらかといえば富裕層向けの住宅商品といえますが、一般庶民向けでは団地やニュータウン全盛の時代を迎えていました。例えば、ニュータウンの先駆けとなった大阪の千里ニュータウンは1970年に完成し、この頃人口10万人を突破しています。東京では30万人を受け入れるべく多摩ニュータウンの造成が急ピッチで進み、翌71年に入居がスタートしました。

集合住宅のみならず、一戸建て住宅用の宅地開発も、山や丘を切り開いてどんどん広がりました。これらを巡るバスツアーを盛んに行った会社もあり、住宅需要が旺盛だったことがうかがえます。プレハブ住宅の始まりもこの頃ですが、万博会場ではプレハブ住宅をさらに発展させた珍妙なカプセル住宅なども展示されました。一戸建て住宅への夢を逆手にとった不動産業者によるトラブルが多発し、悪徳業者締め出しのための法律改正が行われた年でもありました。

大きく言えば、当時は都心住まいから郊外住まいへの移行が進んだ時代といえます。婚姻数が史上初めて100万件を超えるなどベビーブーマーの子供たちが結婚ラッシュを迎え、また三世代居住の習慣が薄れ、クルマ公害でゴミゴミしてきた都心から距離をおきたいといった雰囲気もあり、大都市に住む人々はこぞって郊外へと「移民」を始めたのです。都心から郊外へ延びる私鉄各社による沿線開発もこうした動きを促し、スーパーマーケットの店舗展開がこれに追随しました。

急激な変化がいびつな事態を招くのは世の常ですが、それにしても郊外型住宅市街地の急速な発展は、各地で新たな問題を巻き起こしました。それは、急激な人口増加に伴う、インフラ整備の遅れでした。住宅は確保できても、通うべき学校の建設が間に合わない、上水道整備が間に合わない、通勤電車のラッシュアワーが激しい、などなどです。昭和30年代に始まった団地建設で同様の課題を抱え、川崎市など一部の都市ではインフラ整備と住宅開発をワンセットで進めようとしていたのに、多くの「郊外」ではこの教訓が生かせなかったのでした。

例えば、ある市では学校建設が間に合わず、プレハブ建てでしのいできたものの、次はプレハブ校舎を建てる用地もなくなり、団地を供給していた公社に学校用地を分けてほしいと打診しました。またある市では、学校建設が間に合わないから団地への入居開始を遅らせるよう、やはり公社に進言しています。極端な例では、入居を開始するなら上水道の供給を止めるぞと迫った市長もいました。またある市では、一気に水道使用量が増えたばかりに、古くから高台に住む家庭で断水が相次いだこともありました。

激しいラッシュアワーに抗議し、通勤地獄を解消しようと、独自の交通手段確保に奔走した団地もありました。また最寄り駅から団地へ向かうバスの最終時間が早すぎるため、窮余の策として乗合タクシーや都心から直行する深夜バスが導入されたところもありました。もっとも、深夜バスは定期券が使えず、料金も通常の3倍に設定されて、住民ぐるみで乗車ボイコット運動に発展した団地もありました。人間が生活するためのあれこれを整えないままに、住宅という箱だけが郊外で急速に増えたわけですね。

さてさて、新参者の寄り合い所帯となった団地、ニュータウン、新興住宅地などの「郊外」では、当然ながら地縁というものが存在しません。世間体という言葉に現実感がなくなり、地域という共同体の中で子供たちが育つような土壌はなくなって、子供たちは家族のなかで育つしか選択肢がなくなっていきます。これが、家庭内暴力の問題化(1978年〜)、ブルセラ女子高生登場(1993年)、少年犯罪の多発への序章であるというのは、社会学者・宮台真司さんの説。氏の「まぼろしの郊外」(朝日文庫)を読むと、1970年に進んだ「住まいは郊外へ」が、ますますもの悲しく思えてくるのでした。

●DATA--「東京」と「神奈川・千葉・埼玉」の人口増加率

1960-1965年
1965-1970年
1970-1975年
1975-1980年
東京
12.2%
5.0%
2.3%
-0.5%
神奈川
28.7%
23.5%
16.9%
8.2%
千葉
17.2%
24.6%
23.2%
14.1%
埼玉
24.0%
28.2%
24.7%
12.4%
全国平均
5.2%
5.5%
7.0%
4.6%

総務庁統計局調べ

 

当原稿執筆/2001年9月24日
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