1970年の洋楽事情

 

異論・反論はあると思いますが、今日のロック・シーンに至る系譜のスタートラインは、やはりビートルズでしょう。ドリフターズを前座に従えた伝説の来日コンサートが行われたのは1966年(昭和41年)のこと。以来1960年代末期まで、若い世代では圧倒的な支持を集めました。今でも日本でテケテケ行脚を行っているベンチャーズ、今は亡きエルビス・プレスリー、モンキーズなどは、所詮は太陽の周囲をくるくる回る惑星の一つにすぎなかったように思えてきます。

そのビートルズがこの年の4月、事実上の解散を迎えます。日本でこのニュースが伝えられたのは、一般紙に掲載された一段扱いの小さな小さな記事でした。情報ソースは英国の大衆紙「デイリー・ミラー」4月10日付けの紙面に掲載された、ポール・マッカートニーのインタビュー。この中でポールは、「ビートルズ、およびジョン・レノンと決別する」と宣言したのでした。以前から、ポールとジョンの不仲説が囁かれてはいましたが、ちょうど「レット・イット・ビー」が大ヒットしていた最中でもあり、ファンが大きなショックを受けたのは言うまでもありません。

ポールの口から詳しいことは語られませんでしたが、解散を促したのは、LOVE & PEACEを掲げ、平和運動や性の開放などにいそしむジョン・レノンとヨーコ・オノの活動ぶり、とりわけヨーコ・オノの存在が原因ではないか、というのが大方の見方でした。事実、「ビートルズついに喧嘩別れ・その波紋」の見出しが踊る雑誌「週刊明星」4月26日号の記事によれば、ファンの一人は「同じ東洋人としてヨーコは恥ずかしい存在」といった意味のコメントを吐き、銀座でデモ行進をやると息巻いています。ちなみに同誌には、ビートルズのレコードを日本で発売していた東芝レコード担当者のコメントも掲載されていました。曰く、「結論から言えば、ビートルズが消えて4人のビートルが残るということ」。煙に巻くようなコメントですね。

ビートルズを失った英国アップルレコードは、これ以降、二匹目のドジョウ売出しに躍起になりました。「第2のビートルズ」として売り出されたバンドには、「デイ・アフター・デイ」などをヒットさせたバッド・フィンガー、「ゴー・オール・ザ・ウェイ」などをヒットさせたラズベリーズがありました。どちらもいいバンドでしたが、偉大なビートルズの足下にも及ばなかった。今から思えば、可哀想な売り出され方でした。

ちょうどこの頃、日本には新しい洋楽ムーブメントが訪れます。それが「ニューロック」というジャンルでした。後に「ニューミュージック」が旧来のフォークソングとは一線を画したものとして登場したのと基本的には同じ構図で、カテゴリーとしての説明は困難です。強いて言えば、ジャニス・ジョップリンやジミ・ヘンドリックス、レッド・ツエッペリンのような、激しいサウンドでグイグイ引っ張るようなものを指していたのではないでしょうか。

ただ、この「ニューロック」という言葉は、やはり意味不明な「アートロック」とともに短命に終わりました。もともと「ニューロック」には、当時の革命ムードが色濃く反映されていて、ビートルズのような、キャッチーでポップで耳障りのいいロックンロールへのアンチテーゼといった意味合いがあった。偉大なスーパースター、ビートルズの幻影を払拭しようとする時代の空気を反映したものでもあった気がします。

ビートルズを失った悲しみが癒えた頃、ハードロック、プログレッシブロック、ブラスロック、カントリーロックなど、より明確なジャンル分けが登場し、定着していきます。ここに至って、ロックファンは知ったわけです。「ビートルズのような、誰にも支持されるスーパースターなんて、もう登場するはずない。これからは間違いなく多様化の時代なんだ」と。

ちなみに、1970年にはジャニス・ジョップリンとジミ・ヘンドリックスが死亡。日本ではザ・タイガースが解散し、グループサウンズがほとんど死滅した年でもありました。こうして「70年代ロック」の時代は一気に花開きます。

●関連情報(1)

日本版「ウッドストック」になるはずの「富士オデッセイ」空中分解

1969年8月15日から3日間、ニューヨークに程近い巨大な農場で開かれ、合計40万人以上の観客を集めた伝説の野外ロックコンサート「ウッドストック」。翌1970年には記録映画とサウンドトラック盤が話題を集め、いよいよロック新時代の開幕を思わせました。日本でも同様の試みをやろうと「富士オデッセイ」という野外ロックフェスティバルが企画され、大物バンドの来日も噂されましたが、結局は空中分解で開催されず終い。1997年に第一回目が開催された「フジ・ロック・フェスティバル」は、このリベンジとも言えそうです。

●関連情報(2)

「ニューロック花盛り」の不思議記事

朝日新聞4月18日付に、「盛り上がるニューロック」の見出しで記事が掲載されています。この記事が実にピント外れ。代表的なミュージシャンとして写真入りで紹介されているのはジャズ・トランペッターの日野皓正ですし、ニューロックが集うコンサートとして報じられているイベントへの日本側出演者はゴールデン・カップス、モップス、ズー・ニー・ブーなど。記者もデスクも「ニューロック」が何なのか、結局はわからなかったのでしょうね。

●DATA--雑誌『ミュージックライフ』恒例の人気投票、グループ部門のランキング

【1970年】
1(1●) ビートルズ ……17,829票
2(2●) ローリング・ストーンズ ……14,626票
3(ー↑) ブラインド・フェイス ……11,358票
4(ー↑) クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル ……8,471票
5(ー↑)
 レッド・ツエッペリン ……8,095票
※日本の部は、1位ゴールデン・カップス、2位ザ・タイガース

【1971年】
1(5↑)
 レッド・ツエッペリン ……21,356票
2(1↓) ビートルズ ……21,132票
3(4↑) クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル ……17,652票
4(2↓) ローリング・ストーンズ ……15,882票
5(ー↑) グランド・ファンク・レイルロード ……14,629票

※日本の部は、1位モップス、2位フラワー・トラベリン・バンド

( )内は前年の順位。それぞれ3月号に掲載。

 
当原稿執筆/2001年5月20日
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