1970年の憂鬱

 

1970年元旦の朝日新聞の付録(第二部)で、興味深い特集記事を見つけました。有識者へのアンケート調査結果をまとめた「100人が予測する変動の姿」というものです。これは1970年代はどうなるかをテーマにして、主だった政治家や文化人、知識人100人から回答を得たもの。一般大衆と有識者という大きな違いはあるものの、当時描いていた「70年代イメージ」を彷彿とさせてくれます(下のDATA参照)。

この調査のなかで設けられた設問の一つが「コンピュータをにくむ人がふえるか?」でした。コンピュータが身近になるか、普及するか、などの設問ではなく、最初から「にくむ人がふえるか」と質したところに、時代の匂いがプンプン漂ってきます。この設問に対して「ふえる」と答えた知識人は100人中32人。その中に、後にコンピュータゲームのBGM作曲で名を馳せる作曲家も含まれていたのは、ご愛敬でしょうか。

当時のコンピュータ普及状況を見てみましょう。1970年1月現在では全世界で10万台が設置されており、そのほとんどがアメリカ(6万2685台)でした。以下、2位が西ドイツ6070台、3位がイギリス5910台。日本は4位で5900台です。同年3月には日本が2位に躍進し、けた違いの普及を見せるアメリカへの追撃態勢に入りました。コンピュータ化社会を先鞭したアメリカ社会を見れば、日本でもコンピュータ化社会に突入していくのは必至の状勢でした。

普及台数がまだ1万台にも達していなかったことでも想像できるように、大衆にとってコンピュータは決して身近な存在ではありませんでした。個人ユーザーなどはまずいないでしょうし、企業でも一部の大企業以外は、せいぜい、専門の計算センターに給与計算を外注する程度のものだったわけです。間近に見たこともなければ、触ったこともない。しかし「人間の能力を肩代わりしたり、人間に指図をする代物らしい」という怪しげな情報だけは伝わっていました。今でこそ、「パーソナルコンピュータ」というかたちで、皆さんも気軽に使っていて、すっかり身近な道具になったわけですが、当時は「得体の知れないヤツ」みたいな見方をされても不思議はなかったのですね。作家の三島由紀夫(同年11月に割腹自殺)はこのアンケートのなかで、「つくられるべきものではなかった、という意味で、原水爆と同じ性格をもっている」、「(コンピュータが人間を)ドレイ化するのは目に見えている」と強い口調で否定していました。

三島由紀夫ほどではないものの、コンピュータに対して敵意のような感情を抱いていた大衆の主張は概ね、「人間がコンピュータに支配される」「コンピュータによって人間性が損なわれる」などで、人間という存在を脅かすものとして敵意を感じていました。ここからは僕の邪推になりますが、当時は他にも「人間らしさ」を脅かすアレコレが渦巻いていた時代でもあるんですね。公害をまき散らす企業、安保の自動延長や成田空港建設を力づくで進める国家……そんな強大な「権力」が、人間らしさを奪っているとの思いが強かった。交通事故死の急増(この年は史上最多を記録)、環境破壊なども人間性を喪失させる脅威に見えたことでしょう。

そして、新たに登場した脅威がコンピュータだった、と思うのです。あるいは、既存の「忌まわしい権力」がコンピュータによってさらに強力武装しようとしているように見えたのかもしれない。冒頭でふれたアンケートで有識者が「コンピュータをにくむ人がふえる」と答えた理由のトップは「情報の集中化により権力の集中化が起こるから」でした。もちろん今だってこの危険性はありますし、実際に一部では現実化しているのかもしれませんが、だからといってコンピュータを全面禁止にしようといったヒステリックな議論には発展しないでしょう。

当時、コンピュータの登場にウエルカムだった人たちは、もちろん脅威だなんて言いません。そのかわり、コンピュータへの根強い反感を何とか払拭するべく、こんなにも素晴らしいモノだと饒舌に言おうとするから、かえって大衆は身構えてしまう。当時の広告から、そんな雰囲気が感じられます。2点、紹介しましょう。


上は万博協会と電電公社の連合広告と思われますが、迷子捜しなどにコンピュータが大活躍していますよ、コンピュータでサービス強化していますよ、というメッセージ。下は富士通の広告で、服のデザインだってコンピュータができちゃうんだというメッセージ。今なら笑っちゃうような表現だと思いませんか。こんなにも便利だと言う側は過大評価ですし、人間性を損なう脅威だと言う側は過小評価。結局、コンピュータがもたらしてくれるメリットもデメリットも、両方が表現不足だったと思うのです。

かくして、コンピュータは疑心暗鬼のなかで発展していく。四半世紀を経てようやく、誰もが気軽にパソコンを使い始めてから、大衆はコンピュータのメリット・デメリットを等身大で感じることができるようになったわけですね。やっぱり身近にさわってみないと、正しい認識には到達しない、ということなんですね。

●DATA--「100人が予測する(70年代)変動の姿」での、主な設問と答

◇ 経口避妊薬が常用されるか……「される」64人
◇ 恋人が街頭でkissするようになるか……「なる」56人
◇ 自衛隊が出動するような騒乱が起きるか……「起る」43人
◇ 東大がなくなるか……「なくなる」34人
◇ 主婦の過半数が職をもつようになるか……「なる」32人
◇ 東京の空がきれいになるか……「なる」26人
◇ バーや料亭がすたれるか……「すたれる」26人
◇ 日本が核武装するか……「する」24人
◇ 宅地は値下りし始めるか……「する」22人
◇ 部課長は部下が選ぶようになるか……「なる」8人

朝日新聞1970年1月1日付け 第二部紙面より

 
当原稿執筆/2001年5月1日
当ホームページに掲載されている原稿の無許可転載・転用を禁止します。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。
Copyright 2001-05 tomoyasu tateno. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.